第12回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 彼からの贈り物 荻野直樹


第12回結果発表
課 題
贈り物
※応募数234編
選外佳作
彼からの贈り物 荻野直樹
彼からの贈り物 荻野直樹
やっぱりタイプじゃないのよね。
テーブルを挟んで向かいあっている彼を見つめながら、あたしは心の中で呟いた。
会話が途切れて、スマホの画面を覗き込んでいる彼の頭は、その年頃にしてはかなり後退度が進んでいる。身長もあたしより少し低いし、体型も小太りという表現ではもう収まらない。
要するに、一年前のあたしなら歯牙にもかけないような彼なのだ。
ここまで好みとは真逆な彼と、たとえ月に二回程度とは言っても、半年の間、デートのようものをよく続けて来られたものだと自分のことながら思ってしまう。
すべては一年前のあの出来事が原因なのは間違いない。
あたしはその頃付き合っていた男とゴールイン寸前だったのだけれど、その男が二股を掛けていたことが分かって、ドロドロの修羅場の末に破局してしまった。
四十路を間近に控え、結婚願望の熱に浮かされていたあたしはそのショックのせいで、正常な判断が出来なくなっていたのだろう。婚活アプリで次に選んでしまったのが彼だったのだ。
半ば嫌々ながらも初めて会った日のことを思い出してみる。
彼はオシャレではなく、センスにも欠けていたけれど、それなりにこざっぱりした服で待っていた。その表情には期待より緊張感の方が濃いようにみえた。
自惚れているようだけれど、明らかに彼は疑心暗鬼の表情だった。こんな自分と本当に会ってくれるのだろうかと不安だったのに違いなかった。有り体に言うと、彼はあたしを高嶺の花だと思っていたのだ。
あたしは知らなかったのだけれど、その業界では中堅の会社に勤務している彼は、あたしが見たこともない綺麗な花の束を持っていて、出会ったばかりのあたしにくれた。本人が知らないあたしの誕生花だった。花を貰って嬉しくない女なんていない。これにはあたしも不意打ちを食らって彼を見直した。外見だけで評価していたことを心の中で詫びた。
これが最初の彼からの贈り物だった。
それ以来、会うたびに彼は何らかのプレゼントをくれるようになった。バブルの頃に流行った貢君という言葉を思い出して断ろうとしたけれど、仕事とは別に株やらFXやら仮想通貨などで金銭的な余裕があると言って、彼は気持ちだから是非受け取って欲しいと聞かなかった。一つ一つの贈り物はそんなに高価なように思えなかったので、あたしも甘えて受け取ってきた。彼の下心は分かっていたけれど、やはり悪い気はしなかった。
受け入れるかどうかは別として、彼が何とかあたしの心を掴もうと必死なのは、いくらその感情を表に出し過ぎないように努力していてもあたしには見え見えだった。
彼がスマホの画面からあたしに視線を移した。ほっておいたように思ったのだろう。一言謝ってからおもむろに居住まいを正して、途切れ途切れながらも噛み締めるように、もう一段階先へ進みたいと告げてきた。
そろそろ言って来るかなとあたしも思っていた。
この半年間でかなり彼のことも分かってきたように思う。確かに容姿は好みではないが、意外と話も合うし性格も悪くなさそう。何よりあたしを大切な存在として想っていてくれるのが嬉しい。それだけで十二分という気もする。こういう人が結婚相手としては相応しいのかもね。反面、彼とキスをするとか、ベッドを共にすることがまだ想像すら出来ない自分がいるのは確かなのだけれど。いずれ時間が解決してくれるのかも知れない。
曖昧に頷いたあたしを見て、彼は承諾したと思ったのだろう。満面の笑みを浮かべて、ほっとしてように言った。
「良かった。贈り物を続けた甲斐がありました」
そして、あたしにスマホの画面を見せながら続けた。
「見て下さい。これがあなたへの贈り物に使った全金額の明細です。もちろん交通費等の必要経費は僕の方で立て替えています。こっちは領収書です。念のため後で確認して下さい」
リュックの中から領収書の束が出てきた。
「いやあ、失礼な言い方かも知れませんけど、この金額であなたを手にすることが出来るなんて、我ながらコストパフォーマンス抜群です。本当に良い投資でした」
あたしは目の前が真っ暗になった。
五センチの高さにもならない領収書があたしの価値ということか。馬鹿にしないでよ。
あたしはそんなにチープじゃないわ。
(了)