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第12回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作  退職記念日 池平コショウ

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第12回結果発表
課 題

贈り物

※応募数234編
選外佳作
 退職記念品 池平コショウ

 朝礼が終わると若手女子社員二人が課長に呼ばれた。
 三人は課長席のまわりでヒソヒソと話している。話しながらときどきこちらをチラチラとうかがう。私にはすぐに例のあれだとわかった。
 若い連中から古行灯ふるあんどんとあだ名されていることは知っている。本名の安藤にかけてはいるのだろうが、何をしてもパッとしないという意味で付けられた。
 その古行灯もいよいよ今月で定年退職となる。三人がヒソヒソやっているのは退職記念品の打ち合わせだ。うちの課では退職者の好みや趣味を考慮して選んだ記念品を贈るのが恒例になっている。
 社内に親しくしている仲間がいるわけでもなく、なにをしてもパッとしないうえに、何か趣味を持っているわけでもない私への記念品選びは難航必至だろう。
 課長が私への記念品選びを丸投げしたのは富岡みさきと沢口すみれの二人。私としては、二人に苦労をかけてしまい申し訳ないという気持ちでいっぱいだが、さすがに自分がもらう記念品に口出しするわけにはいかない。
 そうこうしているうちに三人での打ち合わせは終わったらしい。二人は隣り合った自分たちの席に戻って検討を続けるらしい。ディスプレイと書類の隙間から声が漏れてくる。
「そんなこと言われたってねえ」
 一つ先輩になる富岡の声だ。
「そうですよね。古行灯となんか接点ありませんしねえ」
「仕事中も何を考えてるんだかわからない人なのに、気に入る記念品を探し当てろ、なんて言われてもさあ」
 盗み見ていたら富岡と目が合いそうになり、あわてて視線を机の上のコーヒーカップに逃がした。
「あっ。そういえば」沢口が何か思いついたらしい。「プレゼント選びAIっていうネットのサービスがあるらしいですよ」
「何それ?」
「贈る相手のデータを入力するとその人の好みに合ったプレゼントを自動で選んでくれるんですって」
「そりゃいいね。やってみよう。もし、好みを外しちゃったとしてもAIのせいだって言えばいいもんね」
「そうですね。やってみましょう」
 丸聞こえである。
「これだ。これだ」
 目的のサイトはすぐに見つかったらしい。
「相手の性別だって」
「ここをクリックすればいいみたいですね」
「年齢は? 六十? 六一?」
「課長に確認しますか?」
「いらないよ。六十も六一も同じだって」
「そうですね」
「趣味?」
「なんでしょうね」
「そう言えば、何かペットを飼ってたんじゃなかったっけ」
「そうですよ。去年、犬が死んじゃったってしばらく落ち込んでた時期がありましたね」
「じゃあ、趣味は生き物の飼育ってことで」
「いいですね」
「そうか。こうやって答えていくと、きっと、犬柄のネクタイとかに行き着くんだろうね」
「なるほど、そういうことですね」
 どうやら私の退職記念品は犬柄のネクタイになりそうだ。会社勤めをやめたらネクタイなんか要らないんだけどな、と思いつつも、なりゆきに聞き耳を立てていた。
「へえ。こりゃ便利だなあ」
「理想のプレゼントを選んでくれるだけじゃなく発注までしてくれるんですね」
「それっ。ポチッと」
 私の四十年近い勤続に対する記念品はワンクリックで完結した。
 最後の日には送別会を開くと言ってくれたが、丁重にお断りした。静かに消えるほうが古行灯っぽくていいと思ったからだ。
 それでも退社時には花束をもらった。記念品は明日、自宅に届くことになっている、との説明だった。
 その夜は古女房と古行灯が向かい合って鍋をつついた。酒も少しだけ飲んだ。古女房が「お疲れさまでした」と酌をしてくれた。
 翌日の昼前に配達員がやってきて「荷物は玄関先に置かせてもらいました」と言い捨てて逃げるように帰って行った。
 家に入らないものなのか? 玄関を出ると大きな木箱があった。箱の上面から、キリンが首を出して私の顔を見るなり「ベー」とひと声鳴いた。アフリカからの直送便だった。
 そのころ会社では大騒ぎになっていた。四千万円の請求が届いたのだ。並んでうつむいていた沢口が富岡に言った。
「あの金額って円じゃなく現地の通貨だったんですね」
(了)