第12回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 愛の証 田辺ふみ


第12回結果発表
課 題
贈り物
※応募数234編
選外佳作
愛の証 田辺ふみ
愛の証 田辺ふみ
コンコン。
「どうぞ」と言う間もなく、病室にアキノ先生が看護師を連れて入ってきた。
胚移植から二週間。血液検査の結果がわかる。もし、ダメだったら、どうしたらいいんだろう。いつも表情に出さない先生だから、よかったかどうかわからない。
「三宅綾香さん、妊娠が確認されました」
アキノ先生はさらりと言った。日系アメリカ人で日本語が流暢なので助かる。
「ほ、本当に」
「間違いありません。こちら、生活上の注意点を書いた資料です。後で説明しますので、先に読んでおいてください」
看護師がそのような意味のことを英語で喋ってテーブルの上に資料を置いた。資料は日本語だ。
「一回目で成功するとは幸運でしたね。日本には連絡ずみですが、大層、お喜びの様子でした」
ああ、貴弘はもう、この吉報を知っているんだ。じわじわと喜びが込み上げてくる。
子供を欲しがっていた貴弘に私ができるプレゼント。
ああ、アメリカに渡ってまで苦労したかいがあった。お金も使った。汚い手も使った。
私はそっと、お腹に手をのせた。ここに貴弘の子供がいる。愛する人の子供を望めないと思っていた。それなのに今ここにいる。
ああ、貴弘に会いたい。ああ、会いたい。
妊娠というものがこんなに幸せなものだとは思わなかった。胎教にも気をつけて、毎日、語りかけた。それなのに明日には終わってしまう。もう、赤ちゃんがいなくなってしまうのかと思うと、寂しくて仕方ない。
計画出産だから、貴弘も日本から子供を引き取りに来ている。看護師さんにお金を渡していたから、病院に来た時にすぐに教えてもらえた。
こっそり、病室を抜け出すと、ロビーに向かった。
アメリカ人の中にいても、背の高い貴弘はすぐにわかった。やっぱり、素敵だ。でも、女性と腕を組んでいる。顔を見合わせ、幸せそうに笑っている。
「のどか」
貴弘が優しく女性の名を呼ぶ。
私は唇を噛み締めた。
なぜ、そんな女性がいいの? 私にはそんな声をかけてくれないのに。
中学生で出会ってからずっと、貴弘が好きだった。告白して断られても、好きだった。今でも変わらない。愛してる。
私は首を振った。
気にしたらダメ。貴弘が望んでいた子供を産むのは私なんだから。あの女にはできないことなんだから。
「私がママよ」
お腹をそっと撫でると、赤ちゃんは元気よくお腹を蹴った。
オギャー。
元気のいい声だった。
「男の子ですね」
アキノ先生の言葉に涙があふれた。
お腹を痛めて産みたかったが、アメリカでは無痛分娩が普通だったので、選べなかった。貴弘に立ち合ってもらえないのは残念だけど、仕方ない。
「ありがとう」
感謝の言葉が口をついて出た。私は愛する人の子供を産むことができた。それだけで幸せだ。看護師が抱く赤ちゃんの姿に貴弘の面影を探した。なんて、可愛いんだろう。
看護師はそのまま、赤ちゃんを連れて部屋を出て行った。貴弘に見せに行くのだろう。
私は耳を澄ました。
赤ちゃんの泣き声は聞こえるが、貴弘の声は聞こえない。
でも、きっと、喜んでいる。大喜びしているはず。待ち望んでいた赤ちゃんなんだから。
私はじっと待った。
しばらくすると、看護師さんが戻ってきた。
「ショニュウやって」
カタコトの日本語で赤ちゃんを渡された。
やっと、抱くことができた赤ちゃんは柔らかくて、温かくて、可愛くて。
習った通りに赤ちゃんの口に乳房を含ませると、すぐに吸いついてきた。
「いい子ね、いい子ね」
「三宅さん、あくまでもこの子は天野さんのお子様だということを忘れないでくださいね」
アキノ先生に念を押された。先生にはいろいろ手を回してもらったから、今後の私の行動が心配なんだろう。
心配しなくて大丈夫。昔、振った私のことなど、貴弘は覚えていないだろうけど、私は貴弘を幸せにしたいだけ。だから、こうして、代理母になった。
(了)