第12回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 左肩たたき券 毒島愛倫


第12回結果発表
課 題
贈り物
※応募数234編
選外佳作
左肩たたき券 毒島愛倫
左肩たたき券 毒島愛倫
今日は父の日。残業を終え家に帰ると、息子のケイが玄関で待ち構えていた。
「パパ、いつも遅くまでお疲れ様。頑張っているパパに、これ、プレゼント」
ケイは、俺に左肩たたき券と書いてある紙を数枚渡した。なぜ左肩限定なんだ、と思ったが、俺はありがたく受け取った
「ありがとう、ケイ。今度使わせてもらうよ」
次の日、いつものように出勤すると、業績のグラフが目に入った。俺の業績は平行線。良くもなく、悪くもない。
「よっ、今夜どうよ?」
同期のナカタが俺に声をかけてきた。
「今日は金曜だし、久しぶりに一杯やるか」
俺とナカタは飲みの約束を交わすと、業務についた。ちなみにナカタは、俺より業績が悪く、クビ候補筆頭だ。
仕事が終わり、ナカタと行きつけの居酒屋に行くと、つい盛り上がってしまい、かなり飲んでしまった。ナカタはフラフラで家に帰れそうになかったから、俺の家に連れて行くことにした。
「お帰りなさい」
迎えてくれたのは、ケイだった。
「ただいまケイ。お母さんは?」
「もう寝ちゃったよ」
「そうか。悪いがケイ、手伝ってくれ」
俺はケイに手伝ってもらい、ナカタをリビングのソファーに座らせた。
「すまんな。よくなったら出て行くよ」
そう言うとナカタは、左肩を軽くたたいた。
「最近仕事の疲れなのか、左肩に違和感があってねえ、整体にでも行こうと思ってるんだ」
ナカタの左肩をよく見ると、右肩と比べて少し高くなっていた。俺は財布の中にある、左肩たたき券のことを思い出した。
「ケイ、これをナカタに使ってやってくれ」
「はあい」
俺はケイに左肩たたき券を渡すと、ナカタの左肩をたたき始めた。
「これはいい。ケイくんうまいなあ」
しばらくすると、ナカタは「それじゃ」と、帰って行った。
次の日から、ナカタは劇的に業績を上げた。このことは社内で話題になった。なんせあのナカタが業績を上げたのだから。そして、今度は俺がクビ候補筆頭になってしまった。
「くそお、このままじゃ俺が……ん?」
パソコン作業をしているナカタを見て、なんとなく右肩が上がっているように感じた。
――あのときケイに左肩をたたいてもらったから、今度は逆に右肩が上がったってことなのか? それで業績も右肩上がりに――
俺は家に帰ると、ケイに声をかけた。
「ケイ、左肩たたきお願いするよ。券は全部出すから、なるべくたくさんたたいてくれ」
「うん。パパのために、一生懸命たたくよ」
ケイは左肩たたき券を受け取ると、俺の肩をたたき始めた――
左肩をたたいてもらった俺は、右肩がかなり上がった。身体は斜めになって動きにくいが、これも家族のためだと割り切った。
次の日から、俺の業績はうなぎ登り。あっという間に昇進を果たした。が、そのせいで仕事と残業が増えてしまった。クビ候補からは外れたが、これじゃ家族と過ごす時間がない。
残業を終え家に帰ると、玄関にケイがいた。
「最近パパ、おうちにいなくて寂しいよお」
「ああ、パパもだよ。仕事はうまくいってるのに、こんなの嫌だよ」
「それじゃあこれあげる。パパとたくさん一緒にいれるようって、お祈りして作ったんだ」
ケイが俺に渡したのは、左肩たたき券ではなく、右肩たたき券だった。これを使って右肩を下げて、平行にしようってわけか。
「ありがとう。さっそく使わせてもらうよ」
「うん。パパ、いつもお仕事お疲れ様」
ケイに右肩をたたいてもらうと、俺の身体は平行になった。
次の日から俺の業績は上がることなく、平行線になった。仕事と残業が減り、給料は元に戻ってしまったが、家にいる時間が増えた。
――出世なんてするもんじゃないな。家族との時間を大事にしよう。
俺はそう心に決めた。
「パパ、これプレゼント」
ある日、俺はケイから肩たたき券をもらった。今回は右も左も書いてない肩たたき券だ。
「パパともっとたくさん一緒にいれるようにって、お祈りして作ったんだ」
「ありがとう。さっそく使わせてもらうよ」
「待ってパパ。これは仕事に行って使ってね。その方がいいから――」
次の日、ここ最近仕事が減った俺は、椅子に座って暇を持て余していた。
「そうだ! ケイにもらった肩たたき券――」
俺は財布から肩たたき券を出した。
すると突然、背後から上司が現れた。
上司は肩たたき券を受け取ると、俺の肩をたたいて「クビ」を宣告した。
(了)