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第12回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作  先祖伝来 齊藤想

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第12回結果発表
課 題

贈り物

※応募数234編
選外佳作
 先祖伝来 齊藤想

 先祖からの贈り物に頼るのは良くない。そう思いつつも、永田陽介は先祖伝来の長持を開けるかどうか悩み続けていた。
 陽介はお土産物屋に卸す小物類の製造販売を営んでいる。商品は多数あるが、そのうちのひとつがドラマに登場したことをきっかけに人気が沸騰した。
 注文が殺到し、資材を買い入れ、増産のための設備投資をしたところで、メインバンクである地元信用組合の経営が傾いた。
 信用組合の担当者は、申し訳なさそうな顔で陽介にこう告げた。
「会社の決定により、融資を引き揚げさせていただきます」
 いままでは赤字スレスレだったが、来月から大幅な黒字が見込まれること。商品の売れ行きは好調で、今後は融資の返済が確実であることを説明したが、担当者は聞く耳を持ってくれない。
 陽介には家族がいる。三人いる子供は全員小学生で、会社を倒産させるわけにはいかない。そう情に訴えても無駄だった。
 まさに永田家存亡の危機だ。
 陽介は妻と一緒に、石蔵から長持を運び出した。陽介の高祖母は明治維新のドサクサに紛れて財産を築いたと聞いている。
 ただ、高祖母の晩年は不幸だった。
 成り上がり者とさげすまれ、金の亡者と村八分にされて、田畑を二束三文で売り払い、東京に出てひっそりと暮らしたという。
 残された財産は、この長持だけ。
 高祖母は吝嗇で、曾祖父や祖父は苦労したそうだ。それでも、この長持は開けずに陽介の代まで伝えられている。
 母はすでに亡く、父も二年前に天国へ旅立った。陽介と妻は先祖から伝えられた長持を前に、二人で相談を重ねた。
「いまは家族の危機なのよ。ご先祖様からの贈り物をいま使わないで、どうするのよ」
 この妻の言葉が後押しとなり、長持を開けることにした。
 陽介は金庫から鍵を取り出す。長持の鍵穴に挿しこむとき、右手が震えた。
 期待を込めて長持を開けると、その中身は汚くて古いお札の山だった。
 一番上に手紙が置いてある。高祖母の字だと思うが、達筆でこう書かれている。
「全部で千円ある。息子たちよ、危急の際には大切に使いなさい」
 陽介は気の抜ける思いだった。五銭札、十銭札、一円札……よくも集めたものだとは思うが、千円では何もできない。お札はどれもしわくちゃで、汚れがひどく、これでは買取価格も期待できない。この汚いお札に、高祖母の性格が滲みでている気がした。
 陽介はがっかりして、埃のように積もっている古札を握りつぶした。
 もしかしての期待を込めて、二人で古札買取業者に持ち込むことにした。
 業者は眉をひそめた。
 ほとんどがゴミクズのような値段だったが、ひとつだけ業者が目を見張った。
「ほう、これはスゴイ。これは未使用の旧国立銀行二十円券ですな」
「そんなに珍しいのですか?」
「いやあ、掘り出しものです。未使用なら二千万円も期待できます。ただ、惜しむらくは、ここに折った跡があります。近年の傷のように見えますが」
 それは、陽介ががっかりして古札を握りつぶしたときにできた傷だ。
「判定としては美品になりますので、三百万円が限度でしょうか」
 短慮で高祖母からの贈り物をダメにしてしまった。陽介はしょんぼりしながら、他の古札も含めて売却した四百万円を手に帰宅した。
 妻からは慰められた。このお金があれば一息つけるじゃない。商品の売れ行きは好調だから、いまのピンチさえ乗り越えればいくらでも復活できる。
 そうだな。妻の言う通りだ。陽介がそう思い直していると、次の日になって電話が鳴った。信用組合が考えを変えたのかと思ったが、考えを変えたのは別の組織だった。
「こちらは税務署ですが、お父さんが亡くなられたときの相続財産で、申告漏れはありませんか?」
 古札買取業者が通報したらしい。陽介は舌打ちをした。
「旧国立銀行券の話ですよね。自分がうっかり折ったばかりに、二千万円が三百万円になりました。散々です」
「なるほど」
 税務署は相槌を打つと、こう続けた。
「相続税は相続時の価値で計算します。つまり、旧国立銀行券は毀損前の価値である二千万円で計算しますので、前回の申告と合算すると、相続税の不足分として約四百万の追徴課税となります。いつごろお支払いいただけますか?」
(了)