第12回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 血の贈り物 山重真一


第12回結果発表
課 題
贈り物
※応募数234編
選外佳作
血の贈り物 山重真一
血の贈り物 山重真一
意識がもうろうとする中、病室のベッドの上で俺は妻に向かってつぶやいた。
「お前のおかげで幸せな人生が送れた……ただ一つだけ悔いが残るのは、巨峰の品種改良にもう一歩届かなかったことだ」
「大丈夫よ。これからはこの子が引き継いでくれるわ」
妻が、隣で微笑む息子に目を向けると、
「父さん、心配しないで。葡萄園の経営と種無し巨峰のブランド化は俺が頑張るから」
頼もしい息子だ。しかし、あくまでも妻の連れ子、血のつながりはない……。
わが家は代々、家族だけで葡萄園を経営してきた。アルバイトはもちろん、いっさい他人を雇うことはなかった。
そのような家訓を、俺は幼い頃から親父に叩き込まれた。
「葡萄の栽培も経営も大事なのは血統だ。俺の夢は、わが家だけのオリジナルのブランド、種無しの巨峰を完成させることだ」
品種が巨峰で、なおかつ種がないこと。
この二つの条件を満たす葡萄の栽培は簡単なことではない。
種無し葡萄自体はジベレリンという植物ホルモンの溶液に、満開前の葡萄をつける処理を行うことで可能になる。
二回に分けて一つ一つ処理しなければならないために手間暇がかかる。一回目は種のないものを作るため、二回目は実を大きくするためのものだ。
種無し葡萄は需要が多い。飲み物、サラダ、お菓子、デザート、様々な料理への用途が広がる。
それを品種改良した巨峰で行うというのが親父の夢なのだ。
思い起こすと、俺の人生の転機は二つあった。一つ目は、ようやく一人前になりつつあった頃の入院生活だ。
高熱で、かなりの重症だった。退院はできたが、検査で自分の体について、ある事実を知ってしまった。それは、これからの人生に大きく関わることだった。
その後、お袋が病気で亡くなった。
家事に時間がとられて忙しくなると、親父は家政婦を連れてきた。
彼女は俺より年上で、子どもがいたので住み込みで働くことになった。
初めて親父が他人を家に招いたことには驚きだったが、おかげで俺と親父は仕事に専念することができた。
三十を過ぎても俺が所帯を持とうとしないのを見兼ねたのか、ある日、親父が唐突に言った。
「お前、あいつと結婚しないか?」
薦められた相手は家政婦だった。
「彼女はお前に好意を持っている。お前はどうだ? 子連れはいやか?」
彼女はすでに家族同然に俺たちを支えてくれていた。器量もよく、家庭的で働き者だし、妻として申し分なかった。何より、俺自身も女性として気になっていた。
個人的な問題もあり、しばらく悩んだ末に、二つ目の転機――結婚に踏み切った。
その後、親父は念願の葡萄を完成させる前にこの世を去った。
眠りについたその顔はむしろ穏やかだった。
「葡萄園はお前たちに託したぞ」
親父の最後の言葉が今でも頭に響く。
妻は家事と育児と仕事、いずれも熱心にやってくれた。
親父の夢を託された俺は、必死に働き、種無し巨峰の栽培に成功した。
しかし、商品化するには、まだ大きさや甘味が十分とは言えなかった。
できれば、この種無し葡萄を俺の代で完成させたいと思った。もちろん、俺のあとは息子にまかすことになるだろう。
しかし、彼はわが家の血が直接には流れていない息子だ。だからと言って、妻と私の間に子どもが生まれる可能性はなかった。
高熱で入院したとき、医師から子どもが授かる可能性のない体質であることを告げられていたからだ。
妻だけには事情を話した。
種無し葡萄を作っている俺自身が子どもを作れないなんて、なんという皮肉だと悔やんだこともあった。
……俺の意識が薄れてきた。
「残念ながら種無し巨峰の完成は息子にまかせることになりそうだな。俺のあとは頼んだぞ」
俺の言葉に妻は優しく微笑んだ。
「……もし、あなたも血にこだわっているのなら大丈夫よ。お父様はあなたの体のことは知っていたわ……実はお父様の血をひいているのはあなただけじゃないの。お父様は私たちに贈り物を残してくれていたのよ」 妻は視線を息子に向けた。
(了)