第13回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 ハラロボ ナラネコ


第13回結果発表
課 題
契約
※応募数249編

ナラネコ
「今日からわが社で勤務することになった二人を紹介する」
臨時の全体朝礼があるというので、全社員が緊張した面持ちで大会議室に集合した。総務部長の有山の横に立っているのは、真新しいスーツに身を包んだ男女だった。男の方は、銀ぶちの眼鏡をかけた線の細い、気弱そうな奴、女の方は、少し目尻が下がって愛嬌のある、いかにも男好きしそうなタイプだ。
年度の途中なので中途採用ということになる。わざわざ二百人余りの社員を集めて紹介することもあるまいと思っていたが、有山の次の言葉に俺は思わずのけぞった。
「まだ、誰も気づいた者がいないようだが、実はこの二人はハラスメント対策に開発されたヒト型ロボット『ハラロボ』なのだ。ロボット開発分野で最先端の技術を持つQ社からレンタルしたものだ。活用してくれたまえ」
二人は新入社員らしく「よろしくお願いします」と挨拶をした。男性ロボットのマキタはいかにも仕事ができず、その言いわけがさらに周囲をイラつかせる新入社員のようなおどおどした口調で、女性ロボットのミズノは男心をくすぐるような舌足らずの甘えた口調で。
最後に有山が付け加えた。
「彼らは第二会議室に常駐しているので、自由に利用してくれたまえ。なお、使用上の注意だが、この二人はどんなハラスメントにも耐えられるように設計されているから遠慮は要らない。ただ、それ以外の使い方をすると契約違反になるから、心するように」
昭和の匂いを身体中から発散させている中高年男性社員が多いうちの会社では、パワハラ、セクハラを始めとするトラブルが跡を絶たず、コンプライアンスの管理を任せられている有山の悩みの種となっていた。
そんな奴らに、今さらハラスメント研修をやっても焼け石に水なのは分かり切っている。そこでついに、ハラスメント対策ロボットをレンタルすることになったらしい。
この日から、ミスした部下を怒鳴りつけたくなったり、お気に入りの女性社員に下ネタジョークを飛ばしたくなったりした奴らは、席を立って第二会議室に入るようになった。出てきた時はみんなすっきりした顔をしている。それまで頻発していたトラブルが影を潜めたから、効果はてきめんだったのだろう。
そこで俺も、第二会議室に一度入室してみることにした。もっとも、俺はハラスメント体質などカケラもない人間だが、ハラロボなるものがどんな存在なのか、見届けてやりたくなったのだ。
第二会議室の扉の外に立つと、キレやすいことで有名な営業第一課長岩尾の、関西弁丸出しのダミ声が聞こえてきた。
「お前、なんべん同じこと言わせんねん。このアホ、ボケ、カス。頭沸いとんのか」
その後、椅子を蹴り上げるような音が響き渡り、やがてドアが開いて岩尾が出てきた。ニヤリと笑って俺に一瞥をくれたかと思うと、満足げに自分の席に戻っていった。
ドアを開けて入って行くと、マキタもミズノも机に向かって平気な顔で仕事をしている。普通あれだけ上司に怒鳴り散らされたら、平常心ではいられないはずだが、さすがにこのメンタルの強靭さはロボットだ。
しかし、それを見て俺はだんだん不憫になってきた。いくらロボットとはいえ、毎日あんな連中の理不尽なハラスメントにさらされて、ストレスが溜まらぬはずがない。そこで優しく声をかけてみた。
「マキタ君、毎日、あんなパワハラおやじに怒鳴りつけられてつらいだろう」
ぴくりと肩が動いたような気がした。
次に女性社員のミズノにも声をかけてみた。
「ミズノさん、うちは若い女性と見たら、セクハラジョークが挨拶と決めているような連中が多いから、相手になるのも大変だね」
するとミズノはうつむいてこらえているようだったが、ついにこちらを振り向いて、涙をこぼしながら話し出した。
「聞いてくださいよ。資材課の大村主任、言葉だけじゃなくて、ボディタッチがひどいんです。昨日なんか、胸を触ってきて」
それをきっかけにして、マキタも訴える。
「僕も聞いてください。経理の新田さんなんか、いきなり灰皿投げつけてくるんです」
二人は感情をあらわにして泣きついてきた。どうやら俺は、ハラロボのメンタルを刺激してしまったようだ。結局、小一時間ずっと彼らの愚痴を聞いてやることになった。
数日後、なんとハラロボの撤収が発表された。プログラムに異常が発生し、ハラスメントに対する耐性がなくなってしまったとか。Q社からは、契約に反する使用があったと、違約金まで請求されているらしい。
社内では、ロボットを故障させた犯人探しが始まっている。もちろん俺が張本人だが、次なるハラスメントのターゲットにされるのはごめんだ。黙っていよう。
(了)