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第13回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 実りある人生とは 村木志乃介

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小説でもどうぞ
結果発表
第13回結果発表
課 題

契約

※応募数249編
実りある人生とは 
村木志乃介

「あなたがピンチのときに助けます。そういう契約です」
 休日の午後。スナック菓子を食べながら部屋でダラダラ横になっていると寝ていたらしい。気がつくと黒服の若い男が立っていた。男はいつのまに入ってきたのか、俺に契約書と書かれた書類を突き付ける。
 誰なんだ。こいつ。
 たしか玄関の鍵は閉めていたはず。勝手に侵入してきて、それこそピンチじゃないか。そんな状況を自ら作りだしておきながら、ピンチのときに助けますだと?
 状況が理解できず、言葉も出ない。
「あ、すいません。とつぜん現れた非礼を詫びます。まずは自己紹介をするべきでしたね。えー、ありていに言えば私は死神と呼ばれる者です。黒い服に大きな鎌を持ち、死者をあの世に導く存在として知られていると思いますが、実際には黒いスーツを着ているだけで鎌は持ってません。骸骨とか怖い顔を想像してました? 実物は案外イケメンでしょ」
 死神はつるりと顔を撫でた。彫りが深く、艶のあるまつ毛はカールしている。作り物のようにきれいな顔立ちをした若者は得意げに俺を見て、さらに言った。
「いかがでしょうか。契約を考えていただけませんか。今後、あなたは、どんなピンチからも救われるんですよ」
「ピンチから救われるって言われても報酬を支払わないといけないんだろ。死神と契約したら魂を持って行かれるって話じゃん」
 俺は死神にタメ口でつっこむ。見た目が俺より下っぽかったからタメ口になった。死神は気にする風もなく答える。
「報酬はあなたの寿命です。ピンチの度合いにもよりますが、簡単なピンチでしたら一年ほど寿命をいただきます」
「やっぱそうじゃん。一年だって寿命は惜しいよ。やるやらないは別にして、一応、聞くけど。簡単なピンチって、たとえば?」
「そうですね。あなたが仕事帰り、めっちゃ飲みすぎて終電を逃し、駅のホームで途方に暮れたとき、あなたを一瞬で自宅まで送り届けることができます」
「そんなんで寿命を削るわけ。いやだよ。そんなちっぽけなピンチを救ってもらって一年も寿命を短くするなんて。そもそも俺は死にたくない。できるだけ長生きしたいんだ」
「なるほど長生きですか。えーと。それでは死神の立場で知りえたあなたの寿命についてお教えします。あなたの寿命は百年あります。が、そのうち健康寿命が六十までで、それ以降は寝たきりの人生が待ち受けています」
「えっ! なんだよそれ。ほんとなのかよ」
「死神は嘘つきません。あなたの未来はすべて見通せます。現在あなたは四十歳。あと二十年後に心筋梗塞で倒れ、一命を取りとめますが、そこから四十年間、あなたはベッドに寝たきりの状態が続きます。しかもその間、意識もありません」
「最悪じゃん。俺、彼女もいないし、せっかく長生きできてもそんなんじゃ報われないよ」どうにか六十歳までの人生を実りある豊かな生活にできないものか。「あのさ。その契約だけど、ピンチを助けるだけなの? ほかに願いごとを叶えてくれるとか、ないわけ?」
 せめて健康寿命だけでも優雅に暮らしたい。
「もちろんありますよ。内容にもよりますけど、簡単なものでしたら、ひとつ叶えるのにだいだい五年いただくことになります」
「え、そんなにも持って行かれるわけ?」
「あくまでも簡単な願いごとの場合です」
「簡単な願いごとってなんなの?」
「そうですね。たとえば、あなたのことを叱り飛ばす上司に会いたくない日があるとします。その日はどんなに上司があなたを探し回ろうと絶対に会わなくて済むようにしてあげます。ほかにも残業したくないとき、定時で帰ることができるようにしてあげたりとか」
「なっ! なんてちっぽけなんだ。そんなんで五年も寿命を持って行かれるのか」
「いまのはあくまでも、たとえです。実際にあなたが叶えてもらいたい願いを言っていただければそれに応じた年数をお答えします」
「なるほど。じゃあ、俺が一生遊んで暮らせる金を手に入れたいと願えば、どのぐらいの寿命と引き換えに叶えてもらえるんだ?」
「それでしたら一年です」
「え、たったの?」
「はい。銀行から大量の資金をあなたの口座に振り込ませるだけなので。簡単ですよ」
「いやいや。それ誤振込ってやつだろ。うっかり間違った口座に振り込まれて、それ使って返さないで揉めたりしたらワイドショーのいいネタだよ。そんなのいやだ」
「あなたもわがままですね。では、この話はなかったということで。気が変わったら呼んでください。呼ばれたらすぐに現れますから」
 そう言うと死神は一瞬にして消えた。
 それから俺は健康寿命を延ばすために、無駄かもしれないけど不摂生をやめた。
(了)