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第13回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 魂姻 乱菊渚

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小説でもどうぞ
結果発表
第13回結果発表
課 題

契約

※応募数249編
魂姻 
乱菊渚

 悪魔の存在が迷信だとされていたのはもう二百十七年も昔の話で、今では立派な知的生命体として国際連盟にも認められている。
 突如現れた悪魔が市民権を主張した時は随分と物議を醸したが、多分整った造形や契約に忠実な習性が権力者に『ウケた』のだろう。紆余曲折の後、正式に人権を認められ、悪魔は人間と同じ扱いを受ける存在となった。寿命や魂を代償とする契約にも法的拘束力が認められ、今や地球は人間と悪魔の共生の下、成り立つ惑星となったわけである。
 さて、ある悪魔は人間の女と婚姻していた。愛情はない。死後悪魔が女の魂を貰い受けることを前提とした偽りの夫婦関係である。
 悪魔は同族の中でも抜きん出た契約実績を誇る、所謂エリートだった。そのためか厄介な依頼も回ってきやすい。ある時、政府の悪魔契約担当課に呼び出され、こんな依頼を受けた。
「あたしと結婚してほしいの。期限はあたしが老衰死するまで、代償は魂でどうかしら」
 タイパの悪い契約である。女は見たところ二十代。死ぬのを八十としたって、六十年は結婚という名の拘束を受け続けるわけだ。
 しかし、悪魔は契約を断れなかった。代償として魂を差し出されてしまっては、どんなに嫌でも受けなければならないのである。そういう法律だった。
「結婚前提だった彼氏を親友に寝取られたの。どうにかしてあいつらを見返してやりたくてね、人間よりずっと美形でハイスペックな悪魔と結婚しようと思ったのよ」
「その彼氏と親友を殺せば良いじゃないか」
「殺人は嫌、一瞬で終わってしまうじゃない。幸せな私を見せつけて一生後悔させないと気が済まないわ」
「おれは貴様を愛さないぞ」
「いいわよ別に、私だって愛さないし。ただ、周りからは仲睦まじく見えるようにしてね」
 女はドライに言う。それならまあ良いかと渋々納得し、悪魔は女と結婚することにした。
 悪魔は女に良く尽くした。女に似合う指輪を見繕い、住む家を買い、休日にはデートと称して外に出かけた。もちろん演出である。悪魔と人間の結婚は非常に稀なので、契約とばれないように慎重に取り繕う必要があった。
「お前、人間なんかと結婚したのか?」
 そう声をかけてくる同僚にはむしろとぼけた。同族だろうが契約内容は話せない。ネタ晴らしは女が死んでからだ。
「ねえあなた、妻相手に『貴様』なんて変よ」
 そう女に言われてからは、彼女だけ『きみ』と呼ぶことにした。態度もなるべく和らげた。
「なあきみ、家でも外のように振る舞わないか。どこで誰が見ているかわからないだろう」
 悪魔もそう提案した。彼は元来完璧志向なので、少しでもぼろが出そうな行動は避けたかった。女はもちろん了承し、夫婦の仮面は四六時中被られることになった。
「おしどり夫婦なのに子供がいないのは変じゃない?」
 ある時、女が言った。ちょうど悪魔もそれを懸念していたので、二人は子供を作った。もうけた三人の子供は全員娘で、女そっくりだった。
 そうして愛のない結婚は十年続き、二十年続き、気づけば八十年も続いた。女はすっかり老婆になり、子供たちも全員独り立ちした。
 悪魔は何も変わらなかった。ずっと美しいまま、ずっと若い見目のままだった。当然である。悪魔には寿命がなかった。
「今までありがとう、あなた」
 ある晩、自宅のベッドに横たわった女はしゃがれた声で言った。別れの時が来たことを直感で理解していたのだ。初めて会った時のような、そっけない声音だった。
「契約満了ね、流石だわ。私の魂は喰うなりなんなり、好きに使って良いわよ」
「そんなことできない」
 悪魔は震える声で返した。
「気づいているだろう、もうおれはきみを愛しているんだ」
 契約によるかりそめの愛は、気づけばまぎれもない本物として悪魔の心に根を張っていた。
「きみの魂は人間として輪廻りんねに戻すつもりだ」
「そう。残念、せっかく嘘をつき通したのに」
 女は落胆を隠そうともしない。
「最後だから教えてあげる。ほんとはね、結婚前提だった彼氏もそれを奪った親友もいないのよ。一目惚れしたあなたとどうしても結婚したくて、可能ならあなたのものになりたくて、それでついた嘘だったの」
 なのに残念。最期にそう言い残して、女は死んだ。
 悪魔にしか見えない透明な魂が身体から抜け出していく。見送るつもりだったそれを、彼は腕を伸ばして捕まえた。
 ずっと騙されていたというのに、なぜだか怒りが湧かない。
 ただ無性に悲しくて、妻の魂にキスをした。
(了)