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第13回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 マクガフィンを追え ときのき

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小説でもどうぞ
結果発表
第13回結果発表
課 題

契約

※応募数249編
マクガフィンを追え 
ときのき

 おれの人生はひどく退屈だった。アパートで寝転がって古本屋で手に入れた昔の娯楽小説を読むくらいしかやることがなかった。
 そんな時、父が亡くなった。交通事故だった。パワフルで、頑固で、働きに働いて、一代で会社を築き上げたビジネスマンだった。いつもおれの無気力な様子を気にし、どうしたものかと腕組して眺めていた。元気が取り柄だと笑っているような人だったが、最後はあっけなかった。
 布団に寝転んで、父の遺影をぼんやり眺めながら、おれはこれからの算段を考えた。父親と異なりおれには活力がなかった。なんかしたいこともない。人生の意味ってなんだろう。どうして彼はああまで忙しく動き回っていたのか?
 玄関のチャイムが鳴った。
 のろのろと立ち上がると玄関に向かった。ドアの前には、メイド服姿の女性が立っていた。片手に黒いアタッシェケースをさげている。
「お父様から、身の回りのお世話をするようご依頼を受けました、鈴井と申します。よろしくお願いいたします」
 そう言って丁寧に頭を下げた。なんの話だ、と目を白黒させていると、鈴井さんはつかつかと部屋に入りこみ、椅子に掛けると事情を説明した。彼女によれば、生前の父親は、自分が不慮の死を遂げるようなことがあった場合を案じ、自分に代わり家族の面倒を見る役目の人間を用意していたのだという。
 そんなものは必要ない、と断ると、丁寧な口調で、仕事ですのでそれでは困りますと返された。つくづく一人合点で迷惑な父親だ。
 突然、鈴井さんがテーブルに身を乗り出し、おれを突き飛ばした。その時、しゅっ、と何かが風を切る音がして、コップが粉々に砕けた。横転しながら声も出せずに驚いているおれの頭を床に押し付け、鈴井さんが言った。
「向かいのビルから狙撃されたようです」
「そ、狙撃って。え、なんで!?」
 動転するおれに対して、鈴井さんの声は冷静だった。
「お父様はあなたにこれを遺されました」アタッシェケースを指した。「彼らはこれを狙っているのです」
 目を白黒させながらおれは鈴井さんの説明を聞いていた。
「あなたを狙う敵からお守りすること。これがお父様と私が交わした契約内容です」
 割れた窓ガラスから何かが室内に投げ込まれた。鈴井さんはおれの襟首を引きずって神速で外に飛び出した。その直後、アパートが爆発した。
 白いバンが急発進で立ち去るところだった。鈴井さんは懐から銃らしきものを取り出すと、続けざまに数発撃った。
 腰を抜かして炎上するアパートを見上げているおれの傍らで、静かな声がした。
「隠れ家は用意してあります。そこで準備を整え、出発しましょう」
「出発?」
 その日からおれと鈴井さんの逃避行が始まった。
 追っ手はしつこく、有能だった。どこに隠れようと、すぐに発見され襲撃を受けた。だが、鈴井さんもまた荒事のプロだった。不意の攻撃にも即座に対応し、絶体絶命とおもわれるような状況からも、おれを連れて逃げ延びた。
 ぎりぎりの命のやり取りが日常化していった。
 たまたま何も起きない日が続くと、退屈を感じている自分に気づいた。いつの間にか、銃声と怒号の飛び交う鉄火場に胸の高鳴りを覚えるようになっていたのだ。
 鈴井さんから格闘術の手ほどきを受けた。武器の扱いにも慣れていった。
 アタッシェケースは鍵がかかっていた。中に何が入っているのかはわからなかった。何かの設計図とか、新開発の薬品とか、大昔のスパイ映画のようなものしか想像できなかった。鈴井さんに聞くと、
「中身はなんでもいいのです」と答えた。「彼らも知らないでしょう」
 おれは絶句した。
「お父様はあなたが人生の目的を見失っていることを心配されていました。そこで、あなたに生き甲斐を贈ろうと考えたのです」
 そう言うと、おれの愛読書である大昔のスパイ小説の題名を口にした。
「あなたの好きな物語の主人公になってもらうこと。それがお父様のプレゼントでした」
 つまり、敵もまた父親が雇った連中だというのだ。いくらなんでもそんな馬鹿な。
 おれが頭を抱えていると、鈴井さんが少し気遣わしげに聞いた。
「この状況は、楽しくはないですか?」
 おれはうめいた。結論は出ていた。
「いや、とても楽しい」
(了)