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第13回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 トゴのダークヒーロー

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小説でもどうぞ
結果発表
第13回結果発表
課 題

契約

※応募数249編
選外佳作
 トゴのダークヒーロー 佐海美佳

「佐伯、居留守使ってんじゃねーよ、そこにいんのはわかってんだぞ、ごらぁぁぁ」
 私はハンドルを握っているのか、手に汗を握っているのかわからない状況で車を運転していた。
 強面スキンヘッドの加東が、助手席でドスを利かせた声を最大音量にしてスマホに聞かせている。
「ホープファイナンスの返済、まだ50万残ってんねんぞ」
 私が勤めている「ホープファイナンス」はいわゆる闇金である。不良債権者、つまり、借りたままトンズラしようとしている利用者の取り立てが担当業務で、先月入社した。
 仕立ての良いダブルスーツに、金色のネックレスをじゃらつかせている加東は私の上司である。
 スーツを着ていてもわかるぐらい盛り上がった胸筋、はち切れそうな二の腕が小さなスマホを持っていると、おもちゃのように見えた。
「契約書に書いてあることぐらい、守らんかい」
 10万円借りれば、10日後には10万円の5割にあたる5万円を利息として返済しなければいけない。
 10日に5割で、トゴ、と言う。
 電話先の佐伯は50万円を借りた。1週間後、その利息として20万円は返してきたのだが、それ以降、何の音沙汰もなかった。そこで、私と加東が取り立てているというわけである。
 契約書をきちんと読めば、返済額はわかるはずだ。だが、それを守れるような人間は闇金には来ない。そもそも守る気などない、返す気などない顧客がほとんどである。
「はよ金返さんとえらいめにあうど、契約守らんお前が悪いんやからな」
 通話を切った加東は、ふぅと大きく息を吐き出してドリンクホルダーからペットボトルのお茶を飲んだ。
「どうするんですか。佐伯の仕事場、行きますか?」
「いや、もう夕方やろ。あいつの仕事場、定時になったら人おらんくなるからな」
「ホワイト企業ですね」
「んなわけあるかぁ。ただの工場や。工場は時間通りに機械動かしとるから、残業しとぉてもでけへん」
 ブラック企業で働き、こき使われ、心身共にダメになった私は、転職活動の末にホープローンへ辿り着いた。
 何も知らない新人社員に、先輩はいろんなことを教えてくれる。
「明日や。明日、佐伯の家の近くにあるパチ屋行こ」
「佐伯が仕事に行かないって、どうして知ってるんですか?」
「闇金を使うようなやつが、まともに仕事するとは思えん。おまけに、今日、こうやって電話したやろ?」
「あ、そうか。明日仕事場に行けば、俺たちと鉢合わせる可能性が高いから」
「そうやがな。仕事、わかってきたな」
 薄い色の入ったサングラスの奥、加東の目が優しげに細められる。
 取り立て業務をしている時の加東は、滅茶苦茶迫力があって怖い印象だが、オフモードになると子だくさんの気の良いパパであることを知っているので、褒められて悪い気にはならない。
「じゃあこの後、どうします?」
「事務所帰るど」
 はぁ、疲れた。と言いながら、加東は背もたれをグイッと後ろに倒した。ほとんど寝ているような体勢だが、シートベルトは着用している。
「何時に着く?」
 私は車に備え付けのカーナビ画面を見た。ピンを打ってある事務所までの走行距離と、時間を速やかにチェックする。
「えぇっと……あと15分だから……6時前ぐらいには到着する、かと」
「あぁん?」
「ひっ」
 犬の唸り声のように、低く響く返事に震え上がった。
「死ぬ気ではよ帰れ」
「はいっ」
 やっと乾いた手の汗が、また滲んでくる。
 本当は優しいとわかっていても、加東を怒らせたらただでは済まないだろう。
 こっちは仕事に慣れていない新人で、取り立て業務もほとんど加東にお任せ状態だ。これ以上迷惑をかけたら、今後仕事が続けられるかどうかも危うい。
 渋滞に巻き込まれないよう祈りながら運転をした。
「速度、出し過ぎやぞ」
「は、はいっ」
「そこは一時停止」
「え、あ、ほんとだ」
「あかんて、そっちは一通や」
 助手席で寝ていると思っていた加東は、震える私に細かな指示を出してくる。
 言われるたび、水を浴びたように汗が吹き出た。
「すいません……」
「謝ればすむ話じゃねぇんだよ」
「ひぃっ」
「リスクは最小限に抑えといたほうがえぇだけじゃ」
 私は、闇金に対して少し誤解をしていたようだ。
 強面の人がいたいけな一般市民を一方的にいたぶり、金を搾り取る。それが今までのイメージ。
 だが実際は、一般市民という枠から零れ落ちた社会性の乏しい人間を金でおびき寄せ、秘密裏に処理している。そのために、リスクは限りなく低く、効果的な方法を知的に模索する。
 事務所へ早く帰るために、道交法を守ろうとする加東のアドバイスに、私は少し感動していた。
「着きました」
 時間はちゃんと6時前。夕焼けが事務所の看板を照らしている。
「やればできるやんけ」
 近くの契約駐車場に車を駐車させて、加東と並んで歩いた。
「仕事はきっちり定時であがれって、社長がうるさいねん。俺ら、客に契約契約言うてるから、それの反動かもしれんな」
「定時で帰れるのはありがたいです」
「おう、そしたら明日な!」
 トゴのダークヒーローは、保育園へのお迎えのため小走りで去って行った。
(了)