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第13回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 殺人契約 齊藤想

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小説でもどうぞ
結果発表
第13回結果発表
課 題

契約

※応募数249編
選外佳作
 殺人契約 齊藤想

 結婚生活十年目。我慢も限界だった。
 妻は専業主婦。それなのに残業から帰宅した夫に向かって「帰ってきたのだから」と家事を押し付けてくる。朝は朝で「家事は平等」を合言葉に、朝食の用意からゴミ捨てまですべて夫の分担になっている。
 しかも家庭の財布はガッチリ握って離さない。もはや家の中では家畜も当然だ。
 家庭内の不満を職場で愚痴っていたら、女性部下といい関係になってしまった。
 夫婦に子供はいない。しかし、妻は離婚に同意しないだろう。
 もはや最後の手段を取るしかない。
 そう思いつめた自分は、独力で殺し屋を探し始めた。海外のサイトを何か所も経由してようやく闇サイトにたどり着き、仲介者に金銭を振り込むと、殺し屋ではなく次の仲介者を紹介された。
 これは詐欺だと思いながらも、諦めきれずに次から次へと現れる仲介者に金銭を振り込み続けた。すると、十人目にしてようやく「殺し屋」が目の前に現れた。
 待ち合わせ場所は、ごくごく平凡なファーストフード店。サングラスをかけたイカツイ男が歩いてくるのを想像していたのだが、登場したのはやせ型のサラリーマンだ。
「私はこういうものです」
 殺し屋は名刺まで取り出した。流石に職業殺し屋とは書いていない。フリーライターと名乗っている。
「はあ、これはどうも」
 自分も頭を下げる。
「それにしても、こんな場所で大丈夫なのでしょうか」
 周囲の客の目線が気になる。それを殺し屋がたしなめる。
「貴殿がよくこのお店を使うと聞いたので、ここにしたのです。自然体が一番です。特別な行動は目立ちます。それに、客が多ければ店員の記憶にも残りません」
 確かにその通り。流石はプロだ。
 少し広めのテーブルに二人で座ると、殺し屋は契約書を出してきた。自分は驚いた。
「契約書があるのですか?」
 冷静に殺し屋はうなずく。
「映画と現実は違います。トラブル防止のために、書面に残すことは大事です」
 自分は感心した。本物は違う。表情からも経験の豊富さがうかがわれる。
 殺し屋は条文を丁寧に説明する。報酬は着手金と成功報酬の二回払い。殺害方法は殺し屋に一任。殺害時期も殺し屋に一任。
 そこまで聞いて、自分は首を上げた。
「方法はともかく、時期も一任は困ります。早く済ませて欲しいのですが」
 殺し屋はゆっくりと首を横にふる。
「焦りこそ失敗の原因です。我々は依頼者を守る義務があります。ターゲットを観察し、確実に仕留めるのと当時に、依頼者に警察の疑惑が向かないタイミングで実行します」
「決行日を事前に教えてくれたら、アリバイを作っておくのに」
「そのような不自然な行動こそ、破綻の元です。貴殿は自然な生活を続けてください。そのことも契約書に書いてあります」
 殺し屋は、指先で強く条文を押さえた。

 自分は普段通りの生活を続けた。もうすぐこの生活から解放されると思うと、気分がウキウキしてくる。
 自分がいつも通りに朝食を作っていると、珍しく妻が声をかけてきた。
「最近、料理が上手になったわね」
 自分はドキリとする。慌てて否定する。
「そ、そうかなあ。普段と同じだけど」
「掃除と洗濯も手際が良くなってきた。あなたが頑張る姿を見ていると、私も仕事を始めようかなと思えた」
 少しずつ生活が変わってきた。妻も仕事を始めたことで、夫の大変さを理解するようになった。夜も共にするようになり、驚くことに妻が妊娠した。転勤がきっかけで、女性部下との交際も終わった。
 自分は契約書を読み返した。契約解除の条項がある。手付金を放棄すれば、いつでも契約を解除できる。
 契約書を交わしてよかった。契約書は、万が一のときに、自分を守るためにある。
 自分は殺し屋に連絡した。解除条項を読み上げると、殺し屋は簡単に同意した。
「心変わりは良くあることです。契約書を交わしてよかったでしょ。貴殿にとっても、私にとっても」
「そうですね」と、安心したのもつかの間だった。殺し屋は続けて言う。
「ところで解除された契約書ですが、最近は『生の資料』を高値で購入するコレクターが増えていましてねえ。買い取り価格は条文にありませんので、貴殿から金額をご提示いただけるとありがたいのですが」
(了)