第13回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 鶴の恩返し? 紅帽子


第13回結果発表
課 題
契約
※応募数249編
選外佳作
鶴の恩返し? 紅帽子
鶴の恩返し? 紅帽子
雪の激しく降る寒い夜だった。俺はアパートの一室でスマホゲーム片手にカップ麺を啜っていた。ドアを軽くノックする音が聞こえる。こんな吹雪の夜に、どうしたのだろう。戸を開けた。すると若い女が立っていた。泊めてくださいと言う。
俺はアラフォーの独身男、つい先日会社をクビになり、短期バイトで食いつなぐ生活だ。女が泊めてくれって? これって、ロマンス詐欺?
女は、奥の部屋を貸してほしい、ただし決して覗かないでと言った。
俺は頷いた。詐欺に引っかかるのは御免だ。女を奥の三畳間に案内した。女は扉をぴしゃりと閉じた。しかしすぐに戸が開いた。
「口約束だけじゃなく、ぜったい開けないと契約書を取り交わしましょ」
俺はいいよと言ってサインした。
女は部屋に戻っていった。俺はスマホゲームを途中から再開した。
翌朝、奥の三畳間の扉口に反物が置いてあった。見惚れるような布地だ。女はこれを織っていたのか、そういえば、遅くまでカターンカターンと音がしていたな。
次の日の朝、また反物が扉口にあった。前のよりももっと鮮やかでキュートな織物だ。
俺はためしに、町で開かれる市にこの反物を持って行った。すると、勤めていた会社の月給の三倍もの値で売れるという!
ひょっとして、この女は鶴なんだろうか。つい先日、近所の公園で罠にかかっていた一羽の鶴を助けてやった。その時の鶴が恩返しにやってきたとか?
そうだとしたら、この布を換金していいかもしれない。いやいや、その手には乗らない。詐欺に決まってる。俺は反物をそのまま持ち帰り、部屋の押し入れに畳んで入れた。
とりあえずカップ麺を食うことにした。彼女の分まで作ってやった。出費かさむなあ。
幾夜が過ぎたであろう。
俺はいつものとおりカップ麺を二つ作り、一つは俺が食べた。寝床に入ろうとすると、突然、奥の部屋ががらりと開いた。
怒った顔の鶴が切羽詰まった声をあげた。
「あんた、なんで部屋を覗かないのよ!」
「え……どういうこと」
覗いた方がよかったのか。「だって、覗かないって、君と契約書交わしただろ」
「何、言ってんのよ、そんなの破るのがあたりまえじゃないの、ちゃんとやってよ」
「ちゃんと?」
「つまりさあ、あんた、罠にかかって飛べない鶴を助けたわよね」
「うん、まあ」
「その鶴が若い女になってあんたの家に来た。自らの羽で反物を織る。反物は高値で売れる。あんたは金持ちになる。美食家になる。強欲な男になる。あたしを抱こうという欲がどんどん強くなる」
「ちょっと待ってくれ。それって、ダメ男あるあるじゃないか」
「ありがちだろうが、あるあるだろうが、それが世間の常識なのよ」
鶴はこめかみに青筋を立てて俺を罵った。
「契約を破棄された鶴は、『もうこれ以上この家にいることはできません』と飛び立っていく。あんたは『待ってくれ、約束を破った俺が悪かった』と言って泣く。あんたが覗かないと、物語が完結しないじゃないの」
あきれてものも言えなかった。でも、よかった、ロマンス詐欺じゃなかったのだ。
俺はスマホゲームを再開した。
「ねえ、あんた、なんか言ってよ」
鶴が横座りになって呟いた。「あたし、飛んで行っちゃうからね、明日の朝」
俺は、わりと早起きだから見送ることはできるよ、とスマホを操作しながら言った。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
それが鶴との最後の夜だった。
翌朝のことだ。
アパートの住人何人かがパジャマ姿のまま玄関口に立ち、空を見上げ、あれ、鶴じゃないか、と欠伸しながら言った。
あ、鶴、もう行っちゃったのか、と俺は霞たなびく空を仰いだ。
鶴はくるりと旋回したかと思うと、翼を広げた。羽が薄くなっていた。俺は少し哀れに思った。あの羽で布を織ったのだな。
鶴は薄くなった羽をバサバサ言わせた。
「あっ、鶴が紙を一枚落としたぞ」
住人の一人が叫んだ。
俺はその紙をすぐに拾って読んだ。
『私の羽で織った布をすべてカップ麺に換えることを許可します』
鶴が春の空からこちらを向いた。
「……ったく、あんたはすごいバカよ。新しい契約書、サインしといてね。近いうちに、また来るわ。カップ麺、ありがとね」
鶴の
(了)