第13回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 未知との契約 草浦ショウ


第13回結果発表
課 題
契約
※応募数249編
選外佳作
未知との契約 草浦ショウ
未知との契約 草浦ショウ
俺は現在、仕事をしていない。別に、親に寄生しているわけでも、宝くじに当たったわけでもない。いや、ある意味では、宝くじに当たったようなものなのかもしれないが。
二年ほど前、夜中に目を覚ますと、謎の空間で得体の知れない連中に囲まれていた。
パニックを起こす俺に対して、そいつらの一人が妙なスプレーを噴射してきた。すると不思議なことに、妙に気持ちが落ち着いてきて、とりあえず話を聞いてみようと思えた。
スプレーを噴射してきた奴とは別の奴が、流暢な日本語で事情を説明してきた。
俺なりに要約すると、内容は次の通りだ。
・我々は宇宙人である。
・貴殿を宇宙船に招待(実態は拉致だと思うが)させてもらった。
・貴殿を観察したい。具体的な期間としては、24時間、365日、生命活動を終えるまでとする。
・浮遊する超小型カメラ三台を、常に半径二メートル以内に飛ばさせてもらう。
・見返りとして、生命活動を終えるまでの生活を保証する。具体的には、2045年現在の物価を基準とし、毎月100万円相当の額を指定の銀行口座に振り込む。
・貴殿がどのような行動を取っても自由だし、決して介入はしない。
・以上の内容に承諾する場合は、契約書にサインをすること。
妙なスプレーのせいか、俺はあまり悩むこともなく、サインをしてしまった。
翌日、あれは夢だったのだろうかと思いつつも、銀行口座を確認すると、きっちり100万円が振り込まれていた。名義が「ウチュウジン」だったので、思わず吹き出した。
その日のうちに、会社に退職願いを提出した。妻には、投資が軌道に乗ったからと説明した。彼女は非常に楽観的で大雑把な性格だ。案の定、疑う様子もなく受け入れてくれた。
初めのうちは、見られている、という感覚があり落ち着かなかったが、割とすぐ慣れた。
平日は映画を観まくり、土日は妻と娘の三人で遊びに出かけるという生活を謳歌した。
家族と映画さえあれば生きていけるという自覚はあったが、仕事を辞めたことで拍車がかかってしまったようだ。この生活が死ぬまで続くと考えると、最高としか言えない。
しかし、人生というものは、そこまで甘くはなかったようだ。
体調不良が続くため、病院で精密検査を受けた結果、聞いたこともない病名を告げられた。現代の医療では治療方法がなく、残り数ヶ月程度しか生きられないらしい。
娘はまだ小学生だ。妻は身体に障害があり、長くは働けない。宇宙人のお陰で貯金はあるが、俺が死ねば振り込みが打ち切られ、恐らく数年で底をつくだろう。しかも最悪なことに、俺は生命保険に加入していなかった。
どうにか助かる方法はないのか。医者に泣きつくと、被験者を募集しているという、ある最新の医療技術を紹介してくれた。
初めは断ろうと思った。二度と家族には会えない上に、結局は二人に苦労させてしまうことには変わりがなかったからだ。
しかし、俺は不意に妙案を思いついた。宇宙人と交わした契約を逆手に取れば、少なくとも家族は救えるかもしれない。
念のため一度帰宅し、契約書を改めて読み込んだ上で、いけると確信した。
そして俺は、被験者になることを決めた。
楽観的な妻も、流石に泣いて猛反対してきたが、何日も話し合った末に、最終的には折れてくれた。娘は最後まで理解ができていない様子だった。
100年後。
俺はゆっくりと目を覚ました。
何もない、真っ白な部屋にいた。自らが置かれた状況を理解するのに幾分の時間を要したが、徐々に記憶が蘇る。そうだ。俺は長い眠りについたのだった。
――コールドスリープ。
古いSF映画ではよく見かける技術だが、既に実用化がされつつあるとは知らなかった。
俺が罹った難病の治療法が確立されるまでの年数を、最新のAIに予測させると、遅くとも100年後だろうという回答が算出された。つまり、100年後に目覚める設定とし、医療の進歩を信じて眠りにつけばいい。
そんな先の未来で治療を受けられる保証があるのか疑問だったが、それよりも生命活動が維持されることの方が重要だった。その間宇宙人からの振り込みが継続されるからだ。
契約書には、俺がどのような行動を取っても介入しないと明記されていた。観察対象としては退屈だろうが、契約上は有効なはずだ。
……二人は幸せな人生を送れただろうか。
頭を整理したところで、俺は目の前のドアを開いた。
22世紀にもまだ、映画という文化が残っていることを願う。
(了)