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第13回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 延長の条件 在間ミツル

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小説でもどうぞ
結果発表
第13回結果発表
課 題

契約

※応募数249編
選外佳作
 延長の条件 在間ミツル

 長い行列の最後尾に並ぶと、私は小さなため息をついた。
 順番が回ってくるのは、かなり後になりそうである。
 皆、手に手に私と同じ、一枚の紙を持っている。暇に任せて、あらためて自分のそれを読み返す。

  名前    新田 司
  性別    男
  契約開始日 ○○年××月△日
  職種    無職
  契約期間  二十四年三ヶ月(ただし延長の可能性あり)

 今度の契約期間は短い。おおかた交通事故にでも会うか、病気にでもなるんだろう。どっちにしてもあまり景気の良い人生ではなさそうだ。またため息が出る。
 どのくらい待っただろう。ようやく、
「次の方」
 と呼ばれて、私は重い腰を上げて目の前の白い扉を開けた。
「お待たせしました。どうぞおかけください」
 眩しさで思わず目を細めながら、正面にいる声の主の方に顔を向けるが、よく見えない。前回と全く同じだ。
「お久しぶりですな」
 声の主は穏やかな口調で話しかけてきた。
「ご無沙汰しておりました」
「前回の人生はいかがでしたか」
「長生きはしましたが、充実していたか、と問われるとそうではなかったように思います。まあ家族も出来て、孤独ではなかったのがせめてもの救いでしょうか」
 声の主は黙って聞いていたが、私の言葉が終わるとおもむろに口を開いた。
「そんな事だろうと思い、今回は短めの契約をご用意させて頂きました。ご確認頂きましたか?」
 私は戸惑った。
「今回は短いから、充実した人生を送ることが出来る、ということでしょうか?」
 声の主のトーンが変わった。
「それはこちらが決めることではありません。『あなたの』人生ですから、充実したものにするも、つまらないものにするも、すべて『あなた』次第なのです。あくまでこちらは時間を提供するだけです。中味はあなたにお決め頂きます」
 口調は静かだったが、どこか抗えない厳しさを含んでいた。
 何か言わねばならない、とは思ったが、何を言えば良いのか、全く分からなかった。ただ、安易な言葉を吐いては声の主の逆鱗に触れてしまうような気がして、私は話をそらした。
「この『延長の可能性』というのは? 前回の契約にはありませんでしたが」
 声の主はまた穏やかな口調に戻った。
「あなたが希望すれば、ということです。ただし無条件ではありません」
「どんな条件ですか?」
 私は思わず身を乗り出した。
 声の主がフッと小さく笑うのが聞こえた。
「課題を済ませたら、です」
「課題?」
 私はわけが分からなくなった。
「私は課題を出されるんですか?」
「いえ、既にずっと前に出された課題です。ここに控えがあります」
 目の前にずいッと突き出された控えを、私は食い入るように眺めた。
 控えはもうボロボロで、書かれている文字も辛うじて読める程度だった。
「あなたの魂の、ずっと前の人生で出された課題です。あなたが全く解決しようとしてこなかったものです」
「そんなの、とっくに時効なんじゃ」
 私は鼻白んだ。
「この課題に時効はありません。命が尽きる時に片付いていなければ、自動的に次の人生に引き継がれます。あなたの魂が産まれた時、もれなくセットになっていたんです」
 私はなんだか面倒くさくなった。
「課題のない人もいるんですか?」
「いません」
 声の主は即答した。
「世の中の人は皆、課題を与えられているってことですか」
 私は憮然として訊いた。
「そうです。与えられた時間内で終わらせる人はごく少数ですが」
 声の主は厳かに続けた。
「その課題を片付けてやっと、魂と人生が一つになれるのです。最後まで頑張ってみてください。契約期間が延長になることを願っていますよ。さ、次の方が待っていますからこの辺で」
 そう促されてハッとした。後ろにはまだまだ長蛇の列が続いているに違いない。
 私はお辞儀もそこそこに、その場を辞した。
 
「司、司!」
 母の涙声で、目が覚めた。全身チューブだらけで、身動きが取れない。
 ボンヤリした視界に、自分にすがりつく母の姿が入った。
「大丈夫? 先生呼んでくるね!」
 母は走って病室を出ていった。
 白衣を翻して医師がやってきた。おもむろにオレの胸に聴診器を当てると、頷いて母に告げた。
「もう大丈夫でしょう」
 母はさめざめと泣きだした。
「良かった……!」
 医師が出ていくと、オレはボンヤリと真っ白い天井を見つめながら、自分の身に起こったことを思い返していた。
 結婚の約束までした彼女が浮気している現場を押さえた。あろうことか、相手はオレの親友だった。すべてに絶望して首を吊った。物凄い力で首に食い込んだ電気コードの感触。薄れゆく意識の中、微かに聞こえてきた声。
『誰かのためでなく、自分のために生きろ』
 そこまで思い出して、オレはハッとした。
 オレの魂の課題はこれだったのか?
『新田 司 二十三歳 男』
 ベッドにつけられたネームプレートを、オレはいつまでも食い入るように見つめていた。
(了)