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第14回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 この世界からの 矢宮順晴

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小説でもどうぞ
結果発表
第14回結果発表
課 題

卒業

※応募数281編
この世界からの 
矢宮順晴

 天より選ばれし者のみが、この世界から抜け出せる。それは単なる言い伝えではなく、真実だ。父の、父の、そのまた遡った先祖から、脈々と受け継がれている。だが、天から選ばれるのは、ほんの一握りの幸福な者のみ、と言う父の話に息子は瞳を輝かせる。
「パパは見たことあるんでしょ? その幸福な者を」
 もう何度目かもわからない、父の口から聞く伝説を、息子は初耳かのように新鮮な反応を示す。
「ああ、あるとも。天に選ばれて、全方位を障壁に阻まれたこの世界から脱出したのは、お前の祖母だ」
 父は息子に対して、誇らしげに胸を張った。隣で聞いている母は呆れている。耳にタコが出来るほどに聞いた話だからだ。
「おばあちゃんがいなくなって、パパは寂しくなかったの?」
 息子もよく毎回飽きずに同じ質問が出来るなと、母は父に対してとは違う、愛情のこもった眼差しを送る。
「寂しかったさ。だが、とても名誉なことだからね。私は天へと旅立つ母に拍手を送った。母は私に手を振って応えてくれていたよ。今でも昨日のことのように思い出せる」
 上方を見つめる父に、息子は問いかける。
「僕がいなくなっても、パパとママは寂しくない?」
 父は視線を息子へと戻した。母は愛に満ちた眼差しを送り続ける。
「寂しいとも。だが、ここで一生を終えるより、お前にはもっと広い世界へと旅立ってほしい。願わくは、次の選ばれし者はお前であってほしい、そう思っているよ」
 父の言葉に母は頷いた。
「そうよ。あなたには、もっと自由に生きていってほしいの。だから、もし本当に天から導かれたときは、臆せず身を委ねなさい。私たちとの別れを悲しまないで。離れ離れになったとしても、私たち三人はずっと親子なのだから」
 母は息子を柔らかい胸へと誘った。母のふわふわとした感触が、息子は大好きだった。
「わかったよ。僕、天に選んでもらえるように毎日お祈りをする。もしもその日がきたら、パパがおばあちゃんにしたみたいに、拍手をしてね。僕もおばあちゃんみたいに手を振るから。大きく振るから」
 母と息子を覆うように、父が横から二人を抱き締めた。母よりも少しだけ硬い父の感触も、息子は大好きだった。
 次の瞬間、閃光が降り注いだ。
「パパ、これって」
「ああ、天が采配を始めた」
「まあ、いつぶりかしら」
 息子は天が動き出すのを初めて目の当たりにした。薄暗かった世界に光が降り注ぎ、異様な音が響き渡り、上空で何かが動いていた。目を凝らして確認すると、鈍色をした二本の大きな手が動いていた。ぎこちない動作で、あっちこっちへと移動するそれは、やがて動きを止めて、ゆっくりと下降してきた。
 それは父と母を蹴散らし、息子を捕まえた。
「パパ、ママ!」
 身体を持ち上げられた息子は歓喜した。約束通り、大きく両手を振り、父と母に向かって「ありがとう」と叫んだ。
「おめでとう。旅立つお前を誇りに思う!」父は涙を流した。
「おめでとう。あなたは自慢の息子よ!」母も涙を流した。
「ありがとう。僕、二人の息子で幸せだった! 行ってきます」
 息子も二人に負けじと泣き、やがてどこかへと消えてしまった。

「やった! このぬいぐるみ、ずっと欲しかったんだよね。大人気でネットでもずっと売り切れでさ」
 肩まで伸びている黒髪を揺らしながら、少女がはしゃいでいた。
「ここのクレーンゲーム、設定が渋くて全くお客さんがこないから、かえって穴場だったみたいだな。三体だけ残っていた。パパの面目躍如だ」
 男が鼻を高くし、少女の頭を撫でた。
「若いころの特技が、こんな形で役立つとはね。パパ、クレーンゲームの大会にも出たことあるのよ。ママも見学しに行ったな」
 女が、男の頬を突いた。
「パパ、ありがとう。最高の卒業祝いだよ! 中学生になっても勉強頑張るね」
 三人の笑い声が、ゲームセンターの一角に響いた。少女の胸元で、愛らしいクマのぬいぐるみも笑っているようだった。
(了)