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第14回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 夜の公園 節見まい

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小説でもどうぞ
結果発表
第14回結果発表
課 題

卒業

※応募数281編
夜の公園 
節見まい

 ファミレスでのアルバイトが終わると、仕事仲間の柴山さんと公園を通って帰る。夜の公園の照明が、私の押す自転車を明るく照らす。三月の初めの気温は肌寒く、春になるとお花見の人で賑わう公園の、桜の蕾はまだ開いていない。春から私は大学生だ。卒業までの期間限定で始めたアルバイトも残り数回。仕事を終えて、なんてことない話を二人で話しながら歩いて帰る時間が、いつしか楽しみになっていた。十八歳の私と、十も年が離れた人と仲良くなれるなんて思わなかった。柴山さんのことが最初は苦手だった。
 まだアルバイトを始めて間もない時、一緒のシフトに入っていた大学生の瀬戸さんから、帰り道送ろうかと言われたことがあった。ちょっとカッコいいと思っていた瀬戸さんと仲良くなれる気がして、嬉しかったのも束の間。同じ夜のシフトの柴山さんが急に「沢田ちゃんはあたしと帰るから」と言い出し、そこで初めて柴山さんと一緒に帰ることになった。
 柴山さんはきれいだけど近寄りがたい感じで、仕事が出来ていないと容赦なく怒られた。怒られることはあっても、ちゃんと話したことはなかったから緊張しながら帰っていると、公園の途中で柴山さんが急に立ち止まった。柴山さんが公園から見える団地を指さし、「あの団地、前に住んでたことがあったんだけど。オバケ出るんだよね」と言い出した。
「真夜中、ふと目を開けると目の前に女がいるの。血だらけで顔面を腫らした女が。その時のあたしの旦那もDVするやつだったから、すぐに分かったよ。あたしと同じだって」
「めちゃくちゃ怖いじゃないですか!?」
「怖いっていうか腹立ったんだよね。いつかあたしもそんな風になるのかと思ったら嫌で。その後すぐ離婚して悠斗連れて家出た」
 そこで私の顔を見て、「いろんな恋愛するのも良いと思うけどね。あたしみたいにダメな男に引っかかってほしくないんだ。瀬戸はやめときな」そう言って柴山さんは笑った。
 それから柴山さんのことをただ怖いと思わなくなった。柴山さんから注意される前に、率先して動くように気をつけると、店長に褒められるようになった。柴山さんの息子さんが好きなアニメが私と同じで、キーホルダーをあげたら喜んでくれた。当たり前だけど、見た目だけでは分からない、人にはそれぞれの人生があるんだと思った。
 ちなみに瀬戸さんは、複数の女の子に手を出して揉めていたみたいで、あの時送ってもらわなくて良かったのかも知れない。
 公園のベンチがあって、ちょっとした休憩スペースになっているところまで来ると、柴山さんは「ちょっと自販機、寄っていい」と言って自動販売機まで走っていった。
「沢田ちゃん、おごってあげる。どれがいい」
「えーとじゃあ、サイダーで」
 柴山さんは私にサイダーを渡し、自分は缶コーヒーのプルタブを開けた。
「しょぼいけど、卒業祝いってことで。さっき店長にシフトの変更を申請したから、沢田ちゃんとは今日で会うの最後なんだよね」
 柴山さんにそう言われて、急にしんみりしてしまう。飲んでいたサイダーの炭酸が胸に詰まった。
「柴山さんと働けて楽しかったです」
「あたしも。あたし、言い方キツいから、沢田ちゃんはウザかったよね。でも妹みたいで、なんか構いたかったんだ」
 そう言って缶コーヒーをあおった。
「もう住む部屋決めたの?」
「はい、この前決めてきました。」
「いいなあ。春から新生活か。あたしはこの街以外住んだことないからなあ。高校卒業してすぐ働いて、悠斗が産まれて、養うためにまた働いて」
 柴山さんは、以前住んでいた、オバケが出たという団地をぼんやり眺めていた。
「……昔読んだ本のことを時々思い出すんだ。主人公が、家出して逃げるように旅をする話だった。自分の家からずっと、ずっと遠くへ。旅をしながらいろんな経験をして、いろんな人と出会って。本のタイトルも思い出せない、もちろん最後まで読んでないんだけど。主人公が電車に乗ってる場面だけなんか覚えてて。たまに考えるんだ。ここから遠くへ出ていくことができたら、って。もっと違う生き方もあったのかなって」
 話に聞き入っていると、急に明るく「これ、あたしから」と言って柴山さんは包装された紙袋をくれた。中身は、ウサギの絵が描いている茶色いキーケース。
「かわいい。ありがとうございます」
「それ、悠斗と選んだんだ。じゃあ、元気でね」
 柴山さんは手を振りながら、悠斗くんが待つアパートへと帰っていく。
 私はただなんとなく大学進学を選んだだけで、将来何がしたいかなんて全然分からない。でも「そのなんとなく」が出来ること、選べる選択肢があることを恵まれているなんて思ったことはなかった。
 短い間だったけど、アルバイトをして良かったと思った。
 とりあえず、大学生になったら大学の図書館で、柴山さんが読んだ本を見つけてみよう。そう思った。
(了)