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第14回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 ちいさな卒業式 高椅千花

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小説でもどうぞ
結果発表
第14回結果発表
課 題

卒業

※応募数281編
ちいさな卒業式 
高椅千花

 卒業式を始めます、とカサネは恭しく言った。
 卒業証書、一年F組つづらあさみ。長方形の付箋を一枚はがして証書に見立て、カサネは校長先生のまねごとをする。ヒヨリとユノミはかっぱえびせんの袋を、一生懸命菓子棚から引きずってきて記念品だと言う。数日前から、へんてこなリハーサルが始まっている。
「あのね、私まだ卒業しないよ。この間中学校に入学したばっかりだよ?」
 いやいやいや、と三人は声をそろえる。
「もうじきよ、あさみ」
「記念品はえびせんよりビッグカツがいいかしら?」
 私の呆れ顔をものともせず、三人は大真面目に言うのだった。
 カサネとヒヨリとユノミは、私の筆箱に棲みついている小さな人たちだ。小学三年生のときからのつきあいで、他の人には見えないらしい。桜と菜の花と早緑さみどり色の、すとんとしたワンピースをそれぞれ着ているのが、春の三色団子みたいで可愛らしい。困るのは、おかげでずっと筆箱を替えられないことだ。中学生になったのだから、そろそろこの四角い、マグネットが吸いつくフタの、鉛筆削りが付いた子どもっぽい筆箱はやめたい。でも三人が楽しそうに、消しゴム入れで昼寝したり、クーピーの削りかすで花束を拵えたりしているので、なんとなく言えずにいる。
「あさみ、あれやりましょ。じゃんけんに負けたら、足もとの新聞紙を半分にしていって、立っていられなくなったら負けっていうあのゲーム」
 みんなで麦茶を飲んでいると、ヒヨリが突然そう提案した。
「新聞乗りじゃんけんね?」
 カサネが目を輝かせる。まだ五月なのに暑い。私たちは誰もいない居間の食卓で、やれやれとひと息ついていた。てっぺんに穴のない鉛筆キャップが、三人のコップにちょうどいい。
「いいわねえ、久しぶりに」
 口まわりを拭いてユノミが答えた。
「正確には折り紙乗りじゃんけんね」
 前は、私は新聞紙、三人は折り紙を使った。それぞれの服の色と同じ折り紙を使ったら、幼稚園の発表会みたいに可愛かった。
 母が仕事から帰ってくるまでの間、私たちはよく遊んだ。かるた、おはじき、絵本にすごろく。最近は家事の手伝いや宿題をする時間が増えて遊びも減ったけれど、ご飯支度の間も三人はちょろちょろ近くにいてくれた。お味噌汁に落ちないでね、とか、包丁の先に出てこないでよ、なんて言いながら夕飯を作った。三人は勝手に味見をしては、ちょっとしょっぱくない、とか、白だし足してみたら、とか、したり顔で言うのだった。
「ほんとにやる? まけないよ」
 私はなんだか楽しくなって、仏間にある古紙回収の紙袋から新聞を取りに行った。折り紙まだあったかな、と小学生の頃のお道具箱をごそごそあさる。あさみは大きくなったねえと、三人はしみじみ言った。
「美人になるよ、あさみは」
「ほんと、惚れ惚れしちゃう」
 と、なぜか褒めちぎってくれるのだった。
 その日は四人で大はしゃぎしながら新聞乗りじゃんけんをした。夜、母が帰ってきたことに気づかず笑っていて、どうしたの、と階下から不審がられた。これはしまったと思ったが、YouTubeみてた、とごまかした。

 その夜、鼻を啜る音に気がついた。三人が枕もとで、びょおびょお泣いている。私はぎょっとして、すっかり目が覚めてしまった。
「ど、どうしたの」
「あさみ、今日でおわかれです」
 肩をふるわせながら、カサネが言った。
「ずっと言えなくて」
 ユノミは言葉が聞き取れないほど嗚咽している。ああ、そういうことか、と私は布に水が染みるように、ゆっくりと納得した。
「あなたが大人になるまで、そばで見届ける約束だったの。私たちは、あなたのお父さんの言いつけで来たのです」
 ヒヨリがしゃくりあげ、私はびっくりする。私のお父さん?
「そ、卒業式を始めます」
 カサネが涙を拭いながら言った。
「卒業証書、一年F組つづらあさみ。あなたは子ども時代を修了しました」
 こ、子ども時代? 狼狽する私をよそに、カサネは重々しく頭を下げ、小さな花束と証書を差し出す。私はおずおずと受け取った。
「お父さんが死んだときも、あさみはりっぱだったね」
「あなたなら、これからもきっと大丈夫」
「どうか、どんな試練も前向きに乗り越えて、素敵な真人間になれますように」
「なれますように!」
 三人は窓の外へ飛び立ち、光りながら消えた。私は桟に手を掛けて呆然とする。これは夢だろうか。星が濡れたように光っている。
 よくわからないことの方が多かったけれど、三人が出ていった翌日、初めての生理が来て、私も少しずつ大人になっていくんだなと思った。私はにぶくて、三人の不在を悲しむまでに時間がかかっている。筆箱はまだ替えていない。でもなんとなく、三人やお父さんが見ているような気がして、悪いことは出来ないな、なんて思うのだった。
(了)