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第14回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 ロドリゲスを手に入れろ いちはじめ

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小説でもどうぞ
結果発表
第14回結果発表
課 題

卒業

※応募数281編
ロドリゲスを手に入れろ 
いちはじめ

 リビングから両親と若い女性の話し声が聞こえてくる。
 また家庭教師を雇ったのか。
 俺は試験で赤点を取り、追試に合格しなければ卒業できない。
 どうにかして俺に高校を卒業してほしい両親は、何人目かの家庭教師を雇ったようだ。
 だが無駄だ。俺は卒業しない。といって留年するつもりもない。授業に何の意味がある。俺は中退するつもりだ。
 そういうわけで、これまでの家庭教師は徹底的に追い出してきた。腕力で従わせようとした者もいたが、返り討ちにしてやった。何しろ俺は柔道二段の腕前だからな。
 それに一流大学の学生だか何だか知らないが、奴らはやたらとマウントをとってくる。俺とそんなに変わらない歳なのに人生訓を語るバカまでいた。鬱陶しくて仕方がない。
 今度の家庭教師も同じように追い出してやるさ。
 しばらくすると、両親に案内されて若い女性が現れた。
 その女性は長身でショートカットの髪、整ってはいるが少年のような顔立ち、そして全体的に中性的な感じで、ワンピースでなければ男性といっても納得する容姿だった。
 母親が彼女を紹介しようとする前に、彼女は口を開いた。
「あなたはこれまで何人もの家庭教師を辞めさせたようだけど、私には何をしても無駄よ」
 向こうっ気の強いお姉さんだ。
 彼女はおろおろしている両親を退室させると、挑発的な目をして俺に近づき、こう囁いた。
「あなたにはちゃんと卒業して大学に行ってもらわないと困るの。そうしないと未来が変わっちゃうのよ」
 その言葉の意味が分からず、ポカンとしている俺に向かって彼女は更に畳みかけてきた。
「私は百年後の未来から来たの」
 SF映画じゃあるまいし、突拍子もないことを言って主導権を取るつもりだな。そうはさせるか。
「何を言ってるんだ。未来から来た? ばかばかしい」
「理解できないのも無理はないわ。でもほんとなの」と彼女は説明を始めた。
 百年後の未来で確立した時間理論では、時間の流れは統計学上のある範疇で揺らいでいて、そこから逸脱すると時間の流れが崩壊し、最悪宇宙が消滅する危険性があるのだという。
 よく分からんが、俺の落第がその逸脱に当たるらしい。
「だから未来を守るため、私はあなたを絶対に卒業させなくてはいけないの」
 なかなか面白い話で、俺はつい聞き入ってしまった。
「いやいや、あなたが未来人であるという証拠はあるんですか」
「未来の出来事を話してもいいけど、それであなたの行動が変わってしまうとそれも大問題なわけ」
「じゃあ信じられませんね」
 彼女は困ったような顔をした。
 これでよしと思いきや、彼女は意外なことを言った。
「仕方がないわね。これで信じてくれるかしら」と、彼女はトートバッグから一つのものを取り出した。一冊のコミック本だった。
 タイトルは今お気に入りの『ロドリゲスを手に入れろ』だったが、それは「第36巻」だった。手元にある最新巻はまだ「第8巻」だ。
 そんな馬鹿な。思わず手に取ろうとしたが、彼女はおもむろにそれをバッグに戻した。
「駄目よ。あなたが必死になって勉強してくれたら読ませてあげる」
 そんなまやかしが通用するか、まだ手はある。
 俺は彼女の手からバッグをひったくろうとしたが、あっけなく押さえ込まれてしまった。再び本気で向かっていったが、結果は同じだった。
 信じられない。この俺が子ども扱いを受けるなんて。
「何をしても無駄と言ったでしょ」
 もはや主導権は完全に彼女の掌中にあった。
 俺はこれ以上の抵抗が無駄であることを悟り、彼女の話に乗ることにした。
 彼女の指導方法は、時には鉄拳も飛んでくるほどの強烈なもので、ビシビシと教え込まれた。その甲斐あってか、苦手科目を克服するまでになり、それは他の科目にも良い影響を与えた。
 追試を軽々とクリアした俺は、無事卒業式を迎えることができた。それどころか、大学など眼中になかった俺が、そこそこの大学に進学することができたのだ。
 彼女はと言えば、年が明けてすぐ、未来の揺らぎも偏差内に終息しているから、もう大丈夫だと俺の前から姿を消した。
 コミックの最終話を読めなかったことは残念だが、どうせ未来人だというのも嘘だろうから、たいして気にしていなかった。
 その後、大学生活を満喫していた夏、俺のもとに宅配便が届いた。開けてみるとそこにはあのコミック最終巻と手紙があった。

 私の世界を守ってくれてありがとう。
 約束のコミックです。
 これをあなたに渡しても未来(私の世界)への影響がないことを
 確認していたので送付が遅れました。
 ごめんなさい。

 俺はまだ彼女が未来人であったということを信じているわけではない。しかしもし本当ならこの「第36巻」は必ず発刊されるはずだ。
 結末を先に知りたい気もあるが、俺は読まずにその日を楽しみに待つことにした。
『ロドリゲスを手に入れろ』最終巻は、俺のアパートの本棚で発刊されるその日を静かに待っている。
(了)