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第14回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 ピンポンダッシュ 吉田孝治

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小説でもどうぞ
結果発表
第14回結果発表
課 題

卒業

※応募数281編
ピンポンダッシ 
吉田孝治

 今日は卒業式だが、行くのを止めた。学校には体調が悪いと連絡を入れて、部屋の中でダラダラしていると、松田がやってきた。奴も卒業式をサボったと言う。しばらく俺の部屋でテレビを見ながら、くだらない話をしてから外に出た。
 空は晴れ渡っていた。卒業式にはうってつけの日だった。桜も満開だ。そよ風に舞う桜の花びらを見ていると、何となく寂しい気分になった。そんな気分が表情に出ていたのか、松田が「大丈夫か?」と聞いてきた。俺は「大丈夫だ」と答えた。
 俺も松田も母子家庭だった。当然、大学に行く金などなく、二人とも将来に対して夢がなかった。卒業すれば、普通に働くだけ。それが嫌だった。大学や専門学校に行く級友たちの楽しそうな顔を見ると吐き気がした。ずるいと思った。何で俺は家のために働かなければならないのかと何度も思ったものだったが、最後は仕方ないんだという結論になるのだった。
 おそらく、松田も同じようなことを考えていたと思う。話し合ったことはなかったが、奴の表情を見れば俺には分かる。松田は俺とは違って頭が良く、担任も奴に上に進むことを何度も勧めていた。しかし、松田は頑なに自分は就職すると言ったのだった。おそらく、家庭の事情でそう言ったのは確かだが、詳しくは分からない。
 あまりお互いのことを話さない俺らだったが、一つだけ話したことがあった。それは彼女のことだ。俺らには付き合っている彼女がいたのだが、不思議なことに、話し合ったわけでもないのに俺らは卒業と同時に彼女と別れたのである。
「住む世界が違うから、付き合うことができない」
 松田はそう彼女に言ったそうだ。実は、俺もまったく同じ言葉でもって彼女と別れていたのだ。
「凄いな。セリフまで同じかよ」
 俺は奴からその話を聞き、驚くと同時に寂しくなって、少し泣きたいような気持ちになりながらそう言った。
 そんなことを思い出しながら、俺は松田と一緒に街中を歩いていた。お互いにそれぞれ何かを考えていたのだろう、無言で歩き続けていた。駅前から繁華街へと行き、それから線路沿いを歩いた。
 そのうち、二人が幼い時によく行っていた公園が目に入った。
「あそこへ行くか」
「そうだな」
 俺らは公園の中に入り、中にある自販機で無糖コーヒーを買って、ベンチに腰を下ろした。
 公園には誰もいなかった。相変わらず俺らは無言だった。しばらくして、子どもを連れたお母さんたちがやってきた。初めは俺らを怪訝な目で見たりしていたが、そのうち気にならなくなったのか、母親たちは世間話を始め、子どもたちは砂場やブランコで遊んでいた。
 子どもはいいな、何も考えず、親に甘えて、好きなことをしている。俺はもう明日から子どもではなく大人にならなければならない。なりたくないけど、ならざるを得ないのだ。しかし、すぐにくだらないことだと気づいて、俺は考えることを止めた。とにかく、決心したのだ。俺は家族のために働くのだ。弟や妹たちのために、母親のために。
「なあ、市川。ピンポンダッシュって覚えているか? 今、やらないか?」
 俺は立ち上がって、「やろう」と答えた。奴が何でやろうと思ったのか分からないが、とにかくピンポンダッシュをすることになった。
 俺らはまた歩き始めて、呼び鈴を押すべき家を探し始めた。しばらく歩いていると、金持ちが住んでいるらしき大きな家が目に入った。俺と松田は目を合わせた。決まった。この家だ。どちらが呼び鈴を押すかは話し合わなくても決まっていた。昔から松田がやっていたからだ。
 松田は、初めて笑顔になって「やるぞ」と言った。俺も笑顔になった。家の前に来て、松田は呼び鈴のボタンに人差し指を置いて、もう一度、俺の顔を見てからボタンを押した。
 ピンポーン。
 俺と松田はその音を聞くと、すぐに走り出した。俺と松田は子どものように笑った。松田は走りながら、「じゃあな、俺、帰るわ。元気でな。頑張れよ」と言った。
「ああ、松田もな」
 松田は自分の家の方へと走り去っていった。俺は走るのを止めて、松田の背中を見続けた。寂しい気持ちがした。この日以降、俺は松田と会っていない。
(了)