第14回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 山田以外、全員卒業 草浦ショウ


第14回結果発表
課 題
卒業
※応募数281編
選外佳作
山田以外、全員卒業 草浦ショウ
山田以外、全員卒業 草浦ショウ
プロデューサーに呼び出された時は、とうとう私の卒業が決まったのだと思った。
牛留池42に加入して既に五年経つし、悔しいけど正直、人気も下から数えた方が早い。
「山田うみ、君以外のメンバーは全員、卒業することが決まった」
私は言葉の意味をすぐに理解できなかった。
「来週発売される週刊誌に、41人分の不祥事が一斉に載る。喫煙、未成年飲酒、不純異性交遊……。連中、スクープ写真をコツコツと撮り溜めていたようだ」
「そ、そんな……」
「だが、君だけはいくら探っても真っ白だったそうだ。まあ、君ならそうだろうな」
確かに私は、アイドルを続けるために全てを捧げてきたという自負はある。飲酒、喫煙、ギャンブルなんかは一度も経験したことがないし、男性との交流も徹底的に避けてきた。
「何かしらの対応が必要なのは分かります。でも、何も全員卒業させなくても!……例えば、しばらく活動休止するとか。それに私一人で活動なんて、絶対無理ですよ!」
「41人の不祥事なんて前代未聞だ。間違いなく大炎上するだろう。活動休止程度じゃ収拾がつかない。それに」
そこで、プロデューサーが笑みを浮かべた。悪魔的な笑み。そうだ、忘れていた。
「君以外全員卒業って正直、超面白くない?」
この人はこういう人だった。面白さ至上主義の狂人、と影で呼ばれているくらいだ。
私は何度も深呼吸をして、少し冷静になった頭でじっくりと考えた。その間、彼は黙ってこちらを見つめ続けている。
最後に大きなため息をつき、私は答えた。
「分かりました。やります」
プロデューサーの目が大きく見開く。
「おっしゃるとおり、私は潔白です。何一つ恥ずかしいことはしていません。明日からも今までどおり、歌って踊り続けます!」
私は怒っていた。週刊誌にではない。プロデューサーにでもない。メンバー全員に対してだ。アイドルを続ける苦悩やストレスの大きさは誰よりも分かっている。だけど、それらを乗り越えて輝き続けるのが、私たちの仕事のはずだ。それを、くだらない火遊びで台なしにするなんて、絶対に許せなかった。
「私の全てを賭けて、牛留池42を守ります」
「……山田くん、やっぱり君は面白いよ!」
それからは、怒涛の日々が始まった。
案の定、罵倒、脅迫、絶望などの声が聞こえてきた。だけど、私は平気だった。むしろ、この逆境をどう乗り越えるか、試行錯誤の日々が楽しかった。
プロデューサーは、私の素人意見もどんどん採用してくれた。特に私が提案した、メンバー全員の振り付けを私が踊り、合成するという動画はかなりバズったし、そこで世間の風向きが変わったのを感じた。罪のない女の子が、他のメンバーの分まで必死で頑張っていると、応援の声が増え始めた。単純な人たちだと思わなくもなかったけど、やっぱりすごく嬉しかった。
でも、一年も経つと、徐々に飽きられてきているのが分かった。以前よりも、明らかに注目度が減ってきている。私は、散々迷った末にプロデューサーに提案をした。
メンバーを追加した上で、私が卒業する。
牛留池42を守るという、私の役目は果たした。後は心機一転、若いメンバーで引き継いでくれればいい。プロデューサーは珍しく反対してきたが、私の決意が固いと分かったのか、渋々認めてくれた。
月日は流れ、新メンバーのお披露目兼山田うみの卒業ライブ当日となった。
控室で準備をしていると、プロデューサーがやってきた。
「山田うみ、君以外のメンバーは全員、卒業することが決まった」
私は言葉の意味をすぐに理解できなかった。
「不祥事だよ。全員分。また撮られた」
「なんで! 彼女たちはまだ、加入したばかりなのに!」
「まあ、撮られてしまったものは仕方がない」
「ライブは、中止ですか?」
「いや、彼女たちは全員クビだ。加入早々、不祥事を起こす連中など願い下げだ」
「で、でも、グループはどうなるんですか!」
「山田くん、君さ、もう少しだけ『留年』してくれない?」
プロデューサーが例の邪悪な笑みを浮かべる。
そこで私は、恐ろしい可能性に気づいてしまった。
写真を流しているのは、この男なのでは?
私は何度も深呼吸をした。でも、全く冷静にはなれない。彼は黙ってこちらを見つめ続けている。よく見ると、まるで空洞のような目だ。
初めて、彼に対して恐怖を感じた。直感が告げる。きっと、この男からは逃げられない。
私は震えながらどうにか答えた。
「分かりました。やります」
(了)