第14回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 ネジ式人生 ハシナガ


第14回結果発表
課 題
卒業
※応募数281編
選外佳作
ネジ式人生 ハシナガ
ネジ式人生 ハシナガ
恥ずかしながら二十五歳にして履歴書というものを初めて書く。
自分の人生を振り返るとなんとイージーモードだったことか。小学校受験は頑張ったらしいけど、ぶっちゃけ覚えてない。特に大きな問題を起こすことなくエスカレーター式に大学まで進学。そんで大学時代は適当に単位をとりつつバイトで小遣い稼ぎ。そしたらバイト先の社員さん、俺の大学の先輩だったんだけど、が俺の卒業するタイミングで独立するということでなんと俺にも声をかけてくれた。そのまま流れに乗ってちゃっかり就職。我ながら調子のよい人生だ。
だけどここで大事件が起きた。会社がなくなったのだ。社員一同、昨日倒産を伝えられ、皆ぽかーんとしていた。俺の渾身のギャク『肇の会社はじめて倒産』も全く響いてなかった。件の先輩は敗戦処理を放り投げてどこかにとんずらこいたらしい。先輩のメガネだけが机に残されている。本体がメガネだったらよかったのに、なーんて。そうして社会人三年目無職が決定したってわけ。社会人になってから体の調子もよくなかったっていうのに、泣きっ面に蜂だ。今までの帳尻合わせということなんだろうか。
しばらく働かなくてもいいか?と思ったもののやっぱりお金が欲しい。そのためには再就職しなくてはいけないので、人生で初めての履歴書というものを書いている。バイトの時はゼミの紹介だったから、こういう書類とかは一切書いてない。
今の世の中便利で【履歴書 書き方】で調べればサンプルが沢山出てくる。えー高校卒業から書かないといけないのか。具体的な年次とか覚えてない。確認するか。
卒業証書はこの辺にまとめておいたと思うんだけど、あ、あった! 高校のと大学の! 親がきちんとしていて助かった。うちの親なら額にいれて飾りそうなもんだけど、しまいこんでるなんて意外だ。
高校入学と卒業年度書いて、大学入学と卒業年度かいて、会社の入社年度……。あれ⁈一年ずれてる? なんでだ? 大学卒業年度と入社年度が合わない。卒業と入社は2022年のはずだ。ほかの年次を確認してみる。やっぱりここだけおかしい。
あれ、俺、一年何してた?………全く思い出せない。考えても仕方ないので誰かに聞くしかない。俺は自分の部屋を出て一階に降りた。
「ねー、今ちょっといい?」
キッチンで夕食を作っていた母親の背中に話しかける。この匂いはカレーだな。
「いま履歴書を書いてんだけどさ」
「履歴書ぉ? なんでそんなもの必要なの。肇、あんたまさか転職とか考えてんの!?」
「ちげーよ、倒産したんだよ。会社。昨日突然」
「嘘でしょう!?」
俺も嘘だと思いたい。母はわなわなと震えだした。やばい、こうなった母は全ての不平不満を吐き出さないと止まらない。落ち着かせるためにも話を戻そう。
「再就職しないとやべーから今履歴書を書いてるんだけどさ……」
「はーーーー!!!?? もうなんなの!?」
あ、これダメだ。吐き出しタイムだ。逃げた方がいいか?
「なんなのあいつ!?」
ん? あいつ? 怒りの矛先俺じゃない?
「あのくそメガネ、大人しく肇の先輩だけやってりゃよかったのに、突然起業するとかいいやがって! あんなに援助してやったのに!」
メガネって、先輩のこと? なんで知ってるんだ? 母は勢いそのままに電話しはじめた。「……もしもし? お父さん!? 肇の会社……そうなの! 倒産したんだって!……はぁ!? くそメガネ逃げたの!? 許せない……。ここまでどれだけ苦労したと思ってんのよ。あんたは肇の再就職先何とかして! 肇ったら勝手に履歴書なんて書きだしてるの!……そう、空白あるのばれちゃうじゃない! それに、まだ調整必要なのに……そう、最近ぽろぽろパーツとか落としてんのよ。いずれにしても早くしないと……」
母は昔から頭に血が上ると周囲が見えなくなる。今になって目の前にいる俺に気がついたようだ。明らかにしまったという顔をしてこちらをみている。母は電話を切って俺に向き直る。
「ま、なんとかなるから任せときなさいよ!」
ばしんと背中を叩かれて、俺はネジを吐いた。そういえば社会人になってからよくネジを吐くようになった。俺、もしかして人間、卒業してた?
(了)