第14回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 遅い春 苗育果来


第14回結果発表
課 題
卒業
※応募数281編
選外佳作
遅い春 苗育果来
遅い春 苗育果来
町長選挙に立候補した。地元の商店街から「代表して一人出馬しよう」ということになり、僕が当たり(?)クジを引いたのだ。
僕は昔から面倒な役を引き受けることが多かった。五十歳になっても「らしさ」が抜けない僕に、仲間たちは大笑いした。
選挙は副町長との一騎打ち。泡沫候補の僕など小指で弾き飛ばされそうだ。ここは気楽に選挙を戦おうと腹を決めた。
「シンタ、少なくともオレの一票は確定だ」
選挙事務所に入ると、対策本部長に名乗りをあげた同い年のマコトが声をかけてきた。酒屋の主人らしくガハハと豪快に笑う男だ。そして、仕事はじめに「お前の高校の卒業証書を見せろ」と言ってきた。
「面倒なヤツだな。卒業式で顔を見たろ?」
マコトとは小学校から高校まで一緒だった。実家の押入れにしまった卒業証書など探すのも嫌だ。即座に断ろうとすると、「コンプライアンスの時代だぜ」と反論してきた。
仕方なく証書を探すことにした。三十年以上前の卒業証書は無事、実家の押入れから見つかった。しかし、筒の中からはとんでもない代物が出てきた。「沢井千佳」という女子生徒の名前が書かれた卒業証書だったのだ。
薄い記憶だが、同じクラスだった女子生徒の名前だ。どうして入れ違ったのか分からないが、卒業式以来、僕は一度も筒を開いたことがなかったのだろう。
マコトに見せると、「これじゃダメだ」と大げさにのけぞって見せた。学歴の確認材料は卒業証書だけではないと思ったが、マコトは「会って取り替えてもらおう」と僕を無理やり配達用の軽トラックに押し込んだ。
「よく住んでる家知ってんな。得意先か?」
僕が車内でたずねると、マコトは「片想いの相手だったんだ」と告白してニヤリと笑った。「沢井」と表札のある一軒家は町のはずれの山あいにあった。
「証書の筒をすり替えたの、オレだよ」
沢井さんの家の前で突然、マコトが三十年以上前の犯行を自白した。
「卒業後、沢井さんに会うチャンスを作りたくてさ」
僕は今ごろになって妙なサプライズに巻き込まれていたことを知ることになった。
「それなら自分の証書とすり替えればいいだろ? どうして僕のとすり替えたんだよ?」
「自分のだと露骨すぎて、あざとく接近したように思われるだろ?」
マコトは賢いヤツだったが、少々間が抜けたところがあった。マコトの仕掛けは不発に終わった。僕も沢井さんも筒の中の証書を卒業後に一度も見なかったからだ。
玄関のチャイムを鳴らすと、奥から「はーい」と返事が聞こえた。マコトが明らかに緊張しているのが分かった。こわばった横顔を見て、僕は吹き出しそうになった。
玄関に現れた沢井千佳さんは、色白のきれいな人だった。
「佐々木誠です。高校で同級生だった。ほら、生徒会長で、家が米屋の。覚えてない?」
マコトはイケオジ風の苦みばしった笑みを浮かべて先に名乗った。しかし、沢井さんは首をかしげて「ごめんなさい」と言った。
マコトは「そっか」と分かりやすく落胆し、次に隣にいる僕を紹介した。
「こっちは今度、町長選挙に出ることになった五十嵐慎太。八百屋の息子。同級生だけど、地味だったから覚えてないよね」
すると、沢井さんは明らかに「ハッ」とした表情になり、僕の顔をじっと見つめた。
「わたし、五十嵐君のことが好きだったの」
マコトはポカンと口を開けて、それから何も言えなくなってしまった。
沢井さんの卒業証書の筒は無事、押入れの中から見つかった。筒から証書を取り出すと、しっかりと僕の名前が記されていた。
「せっかくなのでお茶でも」
沢井さんがすすめてくれるので、僕とマコトは居間に通されて三人でお茶をすすった。
マコトの想定では沢井さんと久々の再会を果たし、僕はオジャマ虫になっていたところだろう。しかし、皮肉なことに立場が逆転してしまっていた。追い打ちをかけるかのように、沢井さんがこんなことを打ち明けた。
「わたし、筒が入れ替わったことに気づいてたの。でもね、五十嵐君のことが好きだったから、証書はこのままでもいいかなと思って」
三十年以上経って、僕に遅すぎた春が来たと思った。しかも、あの頃の恋への情熱はまだ冷めきっていないことに気づいた。
戦いの火蓋が切られ、再びマコトと二人で選挙カーに乗った。
二人の様子を見た人が言うには、もう何かに当選したかのように浮かれた僕と、もう落選が決まったかのように落ち込んだマコトの表情が対照的だったそうだ。
(了)