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第49回「小説でもどうぞ」佳作  カベドン 川畑嵐之

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小説
小説でもどうぞ
第49回結果発表
課 題

練習

※応募数326編
カベドン 
川畑嵐之

 三十歳を越えた会社員ユウキにとって、これほどわくわくしたのは久しぶりだった。
 けっこう重たい段ボールの荷物が届いた。
 エレキギターはアコースティックギターより重たいとは聞いていたが、これほどとは。ストラップをつけて肩からさげるとずっしりくる。
 それと荷物が重たいのはアンプも入っていたからか。
 小さいとしょぼい音になりがちなようなのですこしデカ目にしたのだ。
 そして早速シールドケーブルをつないでつま弾く。
 難しいとため息。
 教則本もついていたので、そのとおりにしようとするが、なかなかうまくいかない。
 すると隣の部屋につながる壁が「ドンッ」と鳴った。
 ワンルームマンションなのに、ついつい音量をあげてしまった。
 音量を調節できるのがエレキの良いところ。
 生音ではアコギのように響かない。
 それで音量をしぼって練習をつづけるも、またカベドンされる。
 それにしても……。
 そういえば今日は日曜だった。
 休みで横の人もいる日なのだろう。
 やはり日曜は自重するしかないか……。
 隣の部屋の人といえば、髪の長い、まだ若そうな女性だった。ユウキとそう年齢はかわりないかもしれない。
 次の日、出勤しようと部屋を出ると、ちょうどその女性も出るところらしかった。
 これ幸いと、挨拶と音のお詫びをしようと近寄ったが、ふんっという感じですたすたと行かれてしまった。
 もともと挨拶するあいだがらではなかったが、嫌われてしまったのだろうか。
 次の休日は平日だった。休日の曜日は決まっていなくて、平日でも休みはあるのだ。
 どうやら横の女性は会社にでも行っているようだ。
 ほっとして、またエレキの練習をすることにした。
 ところがすぐカベドンされた。
 今度は反対側の隣の部屋からだった。
 その部屋にはユウキよりすこし年齢層が上そうな女性が住んでいた。
 いつもひっそりしていて、どういう生活をしているのかわからなかった。
 それでいないものとして練習すると、また音がうるさかったようだ。
 日曜はいなかったけど、自分と同じように平日に休日があるのかもしれない。
 それでも練習はやりたいので音量をしぼって続行したのだが、またカベドンされる。
 それもドンドンとリズム良く?
 生音に近くても気にさわるのだろう。
 なにせひっそりしているということは、テレビとかつけないでいるのだから、よけい耳に入ってくるのかもしれない。
 とりあえず練習をやめなくてはならなかった。
 せっかくセットを買ったのに……。
 次の休日は土曜日だった。土曜日はどうなのだろうか。
 土曜日の休みは朝から両サイドの部屋の動勢に耳を澄ましていた。
 いつもひっそりしてわかりづらいのだが、年上の女性は土曜出勤かもしれない。
 問題は髪の長い女性で、やはり土曜は休みらしく食器のカチャカチャした音が聞こえてきたりした。
 やはりだめか……。
 するとドアが開くような音がしたので、部屋を出て、廊下を伺うと女性が階段のほうにむかって歩いていっているのがわかった。
 外出するんだ。チャンス!
 エレキの練習をはじめる。
 快調だ。誰にも邪魔されはしない。
 と気分良く掻き鳴らしていると、天井からドン! と音が響いてきた。
 壁ドンならぬ床ドン?
 そんなにうるさいのか?
 上の騒音が降ってきてうるさくなるのがわかるが、上にのぼっていくほどのものでもないはずなのだが。
 ただ、ものを落としただけかもしれない。
 聞き耳を上に向けつつ、おそるおそる演奏していると、壁がドンと鳴って飛び上がった。
 どうやらひっそりした隣の部屋には人がいたようだ。
 休みじゃなかったのか……。
 がっかりして演奏をやめた。
 なのに壁は鳴らされた。
 それもリズムよく……。
 こっちは演奏していないのに……。
 それとまた天井からまた音がした。
 またものを落としたのか?
 鉄アレイでも握っていて、うっかり手を滑らせたりしているのか?
 ひどいな。これじゃ、こっちがクレームつける番だよ。
 それにしてもまた壁から音がしてきた。
 なんだか細かくリズムをきざんでいるようで、おちょくっているのか、それとも頭がおかしいのかと思えてきた。
 文句を言ってやろうかと思案していると、なんだかそのリズムが気持ちよくなってきて、すこしギターを合わせて弾いてみた。
 合う。
 なんだこれは。
 すると反対側の壁も鳴り出した。
 調子に乗ってパワーコードを掻き鳴らしていると、両壁と天井からドンドンとリズム良く音が鳴り、やみはしない。
 なんだこれは。
 と我に返って、ふいに演奏をやめると、周りもぴたりととまった。
 演奏するとまた音がする。
 これはこちらに合わせて叩いている……。
 そしてひっそりしていた女性の部屋からはキーボード音が、髪の長い女性の部屋からはベース音が、そして上の部屋からはドラム音がかすかに聞こえてきた。
 あとでわかったことだが、なんとそれぞれの部屋で各種楽器の練習をしていたらしかった。
 話すようになった髪の長い女性に言われた。
「私たちヘッドホンにつないで練習してたからわからなかったでしょ。あなたもアンプにヘッドホンをつないでたらいくらでもやってよかったのに」
「そっかーっ」とユウキは頭を掻いた。
「でも、それだとあなたがエレキギターを練習しているとはわからなかったけどね」
 とウインクされた。
 上の電子ドラムの男性も含めて、バンドを組んでスタジオ演奏するようになるまで、それほど時間はかからなかった。
(了)