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第49回「小説でもどうぞ」佳作  ゴルフ練習場の二人 吉田孝治

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小説
小説でもどうぞ
第49回結果発表
課 題

練習

※応募数326編
ゴルフ練習場の二人 
吉田孝治

 毎週土曜日の昼過ぎから、私は車で十五分ほどのところにあるゴルフの練習場に行っていた。そこの練習場はあまり人が来ないところで、打っては休み、打っては休みしながら、呑気な気持ちで練習していた。
 ある日、私がその練習場で打っていると、近所の松浦さんがやってきた。顔が青白く、体も細い松浦さんは運動をするような人に見えなかったので、意外だった。
「いやあ、今日が初めてなんですよ」
 松浦さんは照れくさそうに笑いながらそう言った。ところが、彼は十発ほど打った後、ベンチに座って雑誌を読み始めた。
「別に上手くなろうとは思ってないんですよ。まあ、ちょっとした時間つぶしのために来ているだけなんです」
 その言葉通り、ボールを打っている時間より、雑誌を読んだりスマホを見たりしている時間の方が多かった。
 彼が来て三時間ほど経った頃、彼のスマホに着信があり、それに出た後、松浦さんは「じゃあ、お先に失礼」と言って帰っていったのだった。
 翌週の土曜日も彼は来て、同じように雑誌を読みながら、時折ボールを打って、三時間ほどで帰った。私は、不思議な気持ちで彼の様子を見ていたのだった。
 ただ、そんなことが続いたおかげで、私と松浦さんは仲良くなり、お互いのことを話すようになっていた。松浦さんは一般企業の課長で、普段は定時で帰ることが多いこと、子どもがいないこと、趣味がないことなどを聞いた。
「ゴルフは趣味ではないのですか?」
「そうですね、趣味ではないです。私は、本当はインドア派なんです。昔はプラモデルを作ったり絵を描いたりしたものですが、最近は面倒になってやっていないんです」
「じゃあ、どうしてゴルフの練習場に来ているのですか?」
「まあ、以前にも言いましたが、本当に時間つぶしに来ているのです。それに少し運動もした方がいいですし」
 確かに運動することは良いことだ。その割には雑誌を読んでいる時間が多かったが、それはともかく、私は毎週土曜日に彼と会うのが楽しみになっていた。
 それから一カ月ほど経った頃、いつものようにゴルフ練習場で松浦さんと話していると、松浦さんは家庭のことを話してくれた。奥さんとの仲が悪いとのことだった。
「もう三年ほど口をきいていません。子どももいないですから、お互いに好きなことをしています。朝も夜も食事は別々にとっています。だから、最近、なんで一緒に暮らしているのか分からなくなりましてね」
「なんだかつらい話ですね」
「そうですね。そもそも仲が悪くなったのは、ある日、急に妻が態度を変えたからなんです。話しかけてもそっけなくなり、手も握らせないようになったのです。なんでそうなったのか皆目見当がつかない状態が続き、今に至っています。妻がそういう感じなので、私の方も次第に妻といることに苦痛を感じてきて、だから、妻がいる休日は、ゴルフの練習場に来るようになったのです」
「困ったもんですね」
「はい。私もどうしたら良いか、常に考えているところです。なぜそうなったか分からないことにはどうしようもないのです」
 松浦さんの家庭に関しては、この日以降、話すことはなかった。基本的には、くだらない話ばかりして笑っていた。しかし、彼と話している間中、私の中では常にあの話が頭の片隅にあるのだった。
 そんな関係がしばらく続いたが、あっけなく終わってしまった。それは夏の暑さで日本中がダラダラしていた八月の終り頃のこと。いつものように、雑誌を読みながら、時々、ボールを打っていた松浦さんに見知らぬ男が話しかけてきた。二人は小声で少しだけ話すと、すぐに松浦さんは「ついにやりましたか」と言い、道具を片付け始めたのだ。
「市川さん、お世話になりました。今日でここに来るのは最後になります」
 彼は寂し気な笑みでそう言うと、そそくさとその場を後にしたのだった。私は今日が最後になった理由を聞きたかった。直感で奥さんのことだろうと思ったが、後日、それが本当であることが分かったのだった。
 ある土曜日に、一人でゴルフの練習をしていると松浦さんがやってきた。
「実は妻の浮気の現場を押さえましてね。ほら、この間、この練習場に妙な男がやってきたでしょう。あの男は探偵だったんです。妻の変化の原因は、きっと浮気だろうと思いまして、妻を油断させるために、決まった時間にここに来ていたんですよ。とにかく円満に離婚することができました」
 松浦さんはさっぱりした顔つきでそう言うと、少し黙り、言いづらそうに頭を掻きながら付け加えた。
「私が依頼した探偵が言っていたのですがね、彼の同業者があなたを監視しているのを見たそうなんです。市川さん、何か身に覚えがありませんか? とにかく、気をつけてくださいね」
(了)