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第49回「小説でもどうぞ」選外佳作 夕暮れシンガーズ ササキタツオ

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小説
小説でもどうぞ
第49回結果発表
課 題

練習

※応募数326編
選外佳作 

夕暮れシンガーズ 
ササキタツオ

 歌声が聞こえた。夕暮れの河川敷を歩いていた私は、思わず立ち止まった。この歌声。聞き覚えがある。ハスキーで、高音で、少しかすれた男の子の歌声。私のクラスで不登校になった古屋君の歌声だ。間違いない。
 私は急いで歌声の方に走っていった。
 河川敷の、少し離れた橋の下で、男子がギターを手に歌っていた。私は男子に駆け寄った。
「古屋君!」
 その呼びかけに、ビクッとして振り向いた男子はやっぱり古谷君だった。古谷君は、ゆっくりと演奏を止めて、うつむいた。夕焼けの光で彼の表情は陰になって真っ黒に見えた。

 中学で古屋君へのいじめがあったこと。私も知らないわけではなかった。男子なのに歌が上手で、上手過ぎて、古屋君は音楽の授業ではひときわ目立っていた。
 うちの中学では、目立つヤツはいじめられる、という宿命にあった。男子のいじめは割とはっきりとしていて、古屋君のノートや教科書をトイレに捨てたり、悪口を考案してからかったり。とにかくそういうことが続いて、古屋君は学校に来なくなった。目立つヤツはいじめられる。これを恐れて私などは目立たないようにやり過ごしてきた人間だった。でも古屋君は違った。周りに才能を見せつけていた。それが男子の反感を買った。仕方ないと言えばそれまでだが、私はいじめを受けても皆から笑い者にされても、堂々と歌う古屋君をずっと憧れと尊敬の思いで見ていた。あんな風には私はできない。古屋君はきっと強い人なんだろうな、と私は思った。だが、古谷君はある日突然、学校に来なくなった。
   
 うつむいた古屋君は、私には何も言わず、ギターを片づけはじめた。
「え!? 古屋君。なんでやめちゃうの?」
 私の言葉に古屋君は背を向けながら答えた。
「木村さんも、僕を笑いにきたの? ってか、このこと、誰かに言う? 言わないでよね。ここでしか、練習できないからさ」
 この言葉を聞いて私は古屋君の心の傷口に触れた気がした。彼の傷は私が思っている以上に深く暗いものに支配されているように感じられた。
「そんなことしないよ。私ね、古屋君の歌声だってすぐわかったんだ。それで、もっと聴きたくて……。いつも素敵だなって思ってたから」
「あ。そう……」
「歌うの、やめないで」
 私はなぜか必死にお願いしていた。すると古屋君がこちらを向いた。逆光で古屋君の表情は見えなかった。
「僕が歌うかどうかは僕の自由だし。今歌うのをやめるのは、木村さんのせいじゃない」
「うそだ」
「うそじゃない」
「じゃあ、歌ってよ。私が来なかったら歌い続けてたでしょ?」
「……」
 古屋君は沈黙した。私は古谷君に歌い続けてほしかった。学校に来られなくても、陰で歌を練習し続けている、才能あふれる彼に、歌ってほしかった。才能のない私だから、こんなことを思うのだろうか。これはお節介というものなのだろうか。
「条件がある」
 古屋君は使い古された楽譜を私に差し出した。受け取ると、それは古屋君が作った楽譜だった。歌詞とコードが書かれている。
「木村さんも一緒に歌って」
「え。でも。これ、古屋君のオリジナル曲だよね……?」
「僕、木村さんが音楽できるの知ってるよ。楽譜読めるでしょ?」
「ま、まあ……」
 私は思いも寄らぬ古屋君の提案に戸惑いながらも、決意を固めた。
「わかった。ついていくから、古屋君もしっかり歌ってよね」
「もちろん」
 古屋君はギターをケースから取り出すと、あっという間に調律して、演奏を始めた。古屋君の奏でるギターは優しい音色だった。私は渡された楽譜にざっと目を通した。そこに書かれていた歌詞は、世界を呪いながらも希望を捨てない古屋君の想いが溢れていた。この気持ち、私にもわかる。私は心の底からそう思った。才能があるとかないとか、いじめるとかいじめないとか、本当に考えるだけで馬鹿らしいことだ。
 私は古屋君と一緒に歌った。全力で歌った。私たちを夕暮れが包んでいた。
(了)