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第49回「小説でもどうぞ」選外佳作 練習は大事 白浜釘之

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小説
小説でもどうぞ
第49回結果発表
課 題

練習

※応募数326編
選外佳作 

練習は大事 
白浜釘之

 地球への再突入。宇宙空間から大気圏へ戻る際には、地上から宇宙空間に出るときとは比べものにならないほどの集中力を必要とする。
 慎重にタイミングと進入角度、速度など十数項目にわたる情報を計器から読み取り、いざシャトルを大気圏へダイブさせようとした刹那、俺は自分の判断がコンマ数秒遅れたことに気がついた。
 まずい!と思ったときにはもう手遅れだった。シャトルは大気の厚い層に跳ね返され、制御不能状態となって再び宇宙空間へ押し戻される。たまたまそこに某国が秘密裏に打ち上げていたスパイ衛星が猛スピードで突っ込んできた。俺は数百人の乗客とともに、断末魔の叫びをあげることもできずにシャトルもろとも爆散してしまった……。
「はい、ゴーグルを外して」
 教官の声で俺は我に返る。
 慌ててゴーグルを外し、今の映像がシャトルの飛行練習映像であったことを理解してほっとする。と同時にまた全身から血の気が引くのが分かった。
 またあの教官に絞られるんだろうな。そう思う間もなくコクピットを模した疑似シャトル操縦室の通信機から声が響く。
「何度目だと思ってるんだ!」
「申し訳ありません」
 俺は疑似コクピットから脱出しつつ、いつもの言いわけをする。
「しかし、あの計器類を一瞬で見て判断するのは不可能ですよ。それに、実際には数値異常はAIが判断してくれるはずです。こんなの意味ないですよ」
「意味がないとは思わないがね」
 私は苛立ちを隠しながら彼に告げる。
「実際に起こることよりも厳しい条件で行うからこそ練習というものは意味があるんだ」
「はいはい。次は頑張ります」
 私の言葉を無視し、私の前を素通りしていこうとする彼についカッとなってしまった。
「まだ話は終わっていないぞ!」
 去っていこうとする彼の肩に手を掛け、後ろから足を絡ませて私はそのまま彼を床に叩きつけた。
 不意打ちで受け身の取れなかった彼は、金属の床に思いきり後頭部を強打し、頭から血を流しながら小刻みに痙攣を始めた。
 しまった、と思ったときにはもう遅かった。
 彼のバイタルサインをチェックしていたモニターから緊急コールが送られ、すぐに救急医療班が駆けつける。
「どうしました?」
「その……彼が床に頭を打ちつけて……」
 私はしどろもどろで救急隊員に告げるが、すぐに私のやったことが分かってしまうだろう。私は目の前が暗くなっていくのを感じた。
「はい、練習は終了です」
 女性の声で私は我に返った。五メートル四方の小さな部屋の中に私は立ち尽くしていた。
 ついさっきまで3Dヴィジョンの仮装教室だったこの部屋の中で、感情に任せて私は生徒をあやめてしまったのだ。
「そんなにご自分を責めることはありませんよ」
 白衣の女性がドアを開けて入ってくる。先ほどの救急隊員とは違ってこちらは現実のカウンセラーだ。
「むしろ本当に生徒さんを殺してしまわなくてよかったと考えてください。あくまでこのカウンセリングはあなたが宇宙士官学校の教官として復帰するための練習の場なんですから」
 わたしはそう言って彼を慰めるが、彼はがっくりとうなだれたままただ首を横に振った。
「私の中にこんな衝動があったなんて……これではまだ復帰などは到底望めません」
 がっくりと肩を落として部屋を出ていく彼の後ろ姿を見送りながらわたしもため息をつく。
 ……物腰の柔らかな素敵な人だと思ったけど、この人もやっぱり心のうちに暴力的な志向性があるんだわ。父親向きの性格ではないわね……。
 仕事を終え、わたしは急いで帰宅する。
「おかえりなさい、ママ」
 小学生の娘が出迎えてくれる。
「遅くなってごめんね。すぐに晩御飯の支度をするから」
「はーい」そう言って娘は嬉しそうに飛び跳ねながら居間に戻っていった。
 最近はめっきり大人びてきたと思っていたけれど、こんなところはまだまだ子どもだ。というか、最近は逆に子どもに戻っているような節もある。唯一の肉親であるわたしが最近仕事が忙しくて構ってあげられないせいだろうか?
 そう思って食事のときにさりげなく聞いてみる。
「ねえ、最近ママが仕事で忙しいから寂しいんじゃない?」
「ううん、大丈夫……それに今私も忙しいの。ママが仕事先で素敵な男の人を見つけたら、その人に気に入られる子どもになるように練習してるから」
 娘の言葉にわたしはハッとした。
「ね、子どもって案外ちゃんと育つものなのよ。たとえ両親が離婚しても愛情をかけて育てれば親の意をちゃんと汲み取ってくれるの。だから安心して」
 あたしはそう言って子育て練習用アンドロイドの電源を切る。途端にさっきまで元気な女児を演じていたアンドロイドがその動きを止めた。
「そうなんですね。良かった……これで、わたしもこの子を育てる勇気が湧いてきました。頑張っていこうと思います」
 心理カウンセラーとしては優秀な彼女も、母親としてはまだまだ半人前だ。赤ちゃんを抱く姿もおっかなびっくりに見える。
「不安になったらまたここにいらっしゃい。人の命を預かるお仕事だったらシャトルのパイロットから新米のお母さんまでここで練習して一人前になっていくんだから」
 人生練習センター所長のあたしは、相手を安心させるように練習に励んだとっておきの笑顔で微笑んで見せた。
(了)