第49回「小説でもどうぞ」選外佳作 紺碧に隠す 濵ゆり


第49回結果発表
課 題
練習
※応募数326編
選外佳作
紺碧に隠す 濵ゆり
紺碧に隠す 濵ゆり
「あのさ、手伝ってほしいことがあるんだ」
部活帰りの電車で、相沢は話を切り出した。ボックス席の向かい側で、窓の外を眺めていた森本が、ん?とこちらに顔を向ける。
夏の大会に向けて、連日ハードな練習をこなしているせいで、帰りの電車はいつも泥まみれで爆睡だ。
けれども、今日は違う。相沢は、緊張で眠気どころではなかった。いつもならイヤホンをして、目を閉じてしまう森本も、眩しそうに、窓の外に延々と続く田園風景を見ていた。
イヤホンをしていない。それに、自分たちのほかに乗客がいない。チャンスだ。
「好きな人がいるんだ。それで、告白の練習、手伝ってくれないかな」
相沢の心臓の音は、急激に大きくなる。体の底から、鼓動が全身に響いた。耳奥が痛い。電車の雑音がなかったら、自分以外にも聞こえてしまうのではないかと不安になるほどだ。
突然のことに、森本の目がパッと大きくなる。興味津々といった顔だ。
「びっくりした。どうしたの、いきなり」
「他に相談できる相手いなくて」
「いいよ、別に。でも、そんな大事なこと、俺で練習していいの?」
「森本にお願いしたいんだ」
「なら、いいけど。好きな子いたんだ」
「うん。少し前から」
「ふぅん」
これまで、森本と恋愛話なんてしたことがなかった。しかし、世間から見れば、青春真っ只中の高校生だ。好きな人がいるのは、少しもおかしなことではない。
とりあえず、言い出せた。あとは伝えるだけだ。
「じゃあ、早速始めるね」
相沢はふーっと一息、深く吐く。
大丈夫。落ち着け。これは練習だ。
すっと目を開ける。
「一緒にいると楽しい。これからも、ずっと一緒にいてほしい」
思ったよりも声が震える。ぎゅっと握った拳が、汗ばんでいる。
考えてきた言葉を、ちゃんと言えているだろうか。脳が火照って、思考が鈍る。
扇風機の風が、熱くなっていく頬に心地よくあたる。
「告白通り越して、プロポーズみたいだ。もうちょっと、堅苦しくない方がいいんじゃない。それと、告白は、俺のシャツを見るんじゃなくて、目を見て伝えないと」
「そうだな……それじゃあ、ずっと好きだった」
森本の眉間の辺りを見つめて言う。こうすると、目を合わせているように見えると、昔誰かに教えてもらった。これが精一杯だ。
当然、続きがあるものと思っている森本が、怪訝な顔で見つめてくる。数秒、妙な間が流れる。
「え、好きだった、だけ? 付き合ってとか、そういうの、ないの?」
「うん。そういうのじゃないから」
「はぁ。よく分からないけど、せめて相手の好きなところとか伝えてあげたら。具体的に」
「そうだな……笑顔かな。あと、好きなことにひたむきな姿と、仲間を大切にしているところ」
「いいんじゃない。最初はちょっと目が怖かったけど、今は優しい顔してた。その調子で、笑顔を忘れずに。って、告白したこともされたこともない俺が、アドバイスしていいのか分からないけど」
森本が目を細めて、照れ臭そうにニカッと笑う。森本の笑顔は、夏空に咲く向日葵みたいだ。青がよく似合う。この笑顔に、何度心を奪われただろう。
「練習、こんなんでいいの?」
「充分。ありがとう」
まもなく駅に到着するというアナウンスが流れ、降車する。降りた瞬間、夏の日差しが容赦なく頭から降り注ぎ、熱風が体を包む。BGMが、蝉の鳴き声に変わる。
「練習、付き合ってくれてありがとう」
「相手の子、俺の知ってる子?」
「他校の子だよ。塾が一緒なんだ」
「そっか。相沢は頭良いし、顔もまぁ、俺よりはかっこよくないけど、悪くないし。普通に上手くいくよ。親友の俺が保証する」
「なんだよ、それ。ありがとう。森本は、好きな人とかいないの?」
「うーん……俺は女の子っていうより、今はサッカーかな」
女の子、という言葉が胸をぎゅっと掴む。自分は対象にもなっていないのだ。
この告白は、実らない。最初から分かっていた。だから、本番はない。
「結果教えて。上手くいっても、部活怠けるなよ。それと、これからも俺と遊べよ。じゃ、また明日」
いつもの駅、いつも通りに別れた。
一度でも、好きな人に想いを伝えてみたかった。
きっかけは、一週間前だ。部活のマネージャーが、森本に告白しようと思っていると打ち明けてきた。一番仲の良い自分に、彼女の有無を探ってきたのだ。マネージャーには、そういう話はしたことがないと伝えた。
その日から、焦りが生まれた。あの子はいつ告白するんだろう。森本はなんて応えるんだろう。自分は、何もしないままでよいのだろうか。でも、何ができるだろうか。
そして、考えついたのが「告白の練習」だった。
「好きだよ」
小さくなっていく背中に呟いた四文字は、風に乗ってどこまでも高く舞い上がり、青空に溶けていった。
(了)