第49回「小説でもどうぞ」選外佳作 片思いちゃらんぽらん 大統領


第49回結果発表
課 題
練習
※応募数326編
選外佳作
片思いちゃらんぽらん 大統領
片思いちゃらんぽらん 大統領
「す、すすすすす好きでっす! お、おおおお俺と付き合って、くださいぃッー!」
「どもっているし力がこもりすぎ。普通の女の子だったら引くって。あと挙動不審。握手しようと手を出しているけど、手汗すごいからたぶん引く」
幼なじみの颯太から告白の練習に付き合ってくれと頼まれたときは複雑な気持ちになった。しかし、こうやって罵倒に近い指摘をしていくのが楽しくて、ここ最近は毎日といっていいほど放課後の空き教室で愛の告白を受けている。
颯太とは小中高と一緒だ。家が近所というのもあり、私も女子とつるんでいるよりは男子と遊ぶ方が好きなのもあって、子どもの頃からよくそばにいた。女子に興味がないと思っていたから、高校生になってから初恋をしたと聞いて仰天したものだ。十五歳という年齢は初めて恋をするには遅すぎる。
しかも片恋の相手は私たちと同じクラスの一年生きっての美少女、片倉梓だというから驚いた。身長は百六十センチ、私の見立てでは四十八キログラムで均整のとれたルックスを持ち、しかもロングの髪は天使の輪みたいにキューティクルが輝いている。どうやら放課後はアイドル活動もしているらしい。加えて名家の一人娘で育ちが良く、人の悪口は一切言わない。だから異性はもちろん同性からも評判が良く、はっきり言って颯太には高嶺の花すぎた。
「だいたいねえ、女の子にいきなり告白するなんて、それこそ攻撃に近いし怖いから。仲良くなるにはまず会話からでしょ」
「だってよう、梓ちゃんの周りには休み時間も昼休みもいつも女子が囲んでいるし、付け入る隙がないっていうか」
「あーあれは、変な虫がつかないように守っているんだね。女子はかわいい女の子が好きなものなの。そうだね、まずは挨拶からはじめたら? それぐらいだったら不審者扱いされないっしょ」
「お、おおおおお、おはよう!」
「だめだこりゃ」
告白の練習と追加で挨拶の練習が始まった。
「おお、おはよう!」
「声が大きすぎ! もっと自然に!」
「さ、さよなら」
「あー、なんだろ、『さよなら』は重い。『じゃあね』くらいでいいんじゃない? 余裕があったら『じゃ、また明日ね』かな」
「余裕なんてないよ……」
「うん、見てれば分かる。あと三セット、告白含めてやってみて!」
というわけで夏休みの終わりから「おはよう」「じゃあね」「好きです、付き合ってください」という言葉を浴びている日々だ。一ヶ月が過ぎようとした頃、ようやく挨拶目標は達成できたみたいだ。訊くところによると毎朝一番に教室に到着した颯太は彼女の登校を待ち、席を整えている隙を狙って近づいて「おはよう」と言っているらしい。さながら忍者のように。初日は「えっ」と梓も反応できなかったようだったけど(「キモいと思われたかなー」なんて散々弱音を吐かれた)、一週間も経つと梓からも「うん、おはよー」と笑顔付きで返されるようになったそうだ。天に昇る気持ちだ、というのは颯太の語るところだ。
「まず会話、の前には自分磨きだね。清潔感を出さなきゃ。ちゃんと洗顔やお風呂入ったあとに化粧水塗っている?」
「え、だいたい水で締めてそのまんまだけど……」
「あー、もう!」
じれったくてその日の放課後はドラッグストアに一緒に行ってやり、「これさえ塗っておけば間違いないから!」と、メンズ用オールインワンジェルを選んでやった。放課後に街で一緒にいたのがまずかったらしい。私と颯太が付き合っているという噂がクラス中に瞬く間に広まった。
「ちくしょう、誰が見たんだか」
「ごめんね、私が不用意だった」
「そんなことないさ。ってかごめん、俺と付き合っているだなんて思われて、女の子のお前の方が嫌だろ。悪かったな。もう決めた。来週告る」
「玉砕するつもりか」
「骨は拾ってくれよな」
決戦は来週の金曜日。行きがかり上、私がトスを上げる役目を預かった。
「梓ちゃん、なんかね、金曜日の放課後、午後四時に体育館裏で待っているって人がいるみたい。お願いだから行ってくれないかな」
「えー、なんだろ。その人、怖い人じゃない?」
「うん、怖くは……ないかな……」
練習初期のどもり具合を考えると不安だったが、あとは野となれ山となれ。なるようにしかならないと、颯太の勇気を私は信じた。正確に言えば、梓ができるだけ彼を傷つけない断り方をしてくれるのを願った。
そしてやってきた金曜日。もう私の出る幕はない。さっさと帰ってゲームをして、夕飯を食べ、夜にお風呂上がりにスマホを見ていると、急にスマホに着信が来た。颯太からだ。
「聞いてくれ! おれ、梓ちゃんと付き合えることになった!」
予想外の結果に私はしばし唖然としてしまった。どうやら梓は女子に守られすぎていて、男子と話す機会が全くなかったらしい。毎朝挨拶をしてくれる颯太に好感を持ちはじめ、いつしか好意を抱いたようだ。
「でも付き合うって何をすればいいんだろう。やっぱ水族館とか一緒に行くのかな? ……おーい?」
私は黙って通話を切った。告白がうまくいっても関係が続くとは限らない。なぜなら颯太は九年間の私の片思いに気づかなかった鈍感野郎なのだ。
勝手にしてね、ばかやろう。
(了)