第49回「小説でもどうぞ」選外佳作 セルフレジ 秋あきら


第49回結果発表
課 題
練習
※応募数326編
選外佳作
セルフレジ 秋あきら
セルフレジ 秋あきら
今日も清江は、お気に入りのシルバーカーを押して、踏切の向こうのスーパーへ向かった。
「あら、ここのお店は果物が安いのねえ」
好物のりんごや梨が、いつも行くスーパーより数十円安かった。まとめ買いをしたいところだけれど、他にも買いたいものがある。荷物になることを思うと、ためらわれた。
「ええっと、味噌と朝食用のパン、バナナ、それと……そうそう、ヨーグルト」
清恵は、書いてきたメモを見ながら、シルバーカーに乗せた買い物かごの中に品物を足していく。本当はスーパーのカートを使わないといけないのだろうが、そうすると、このシルバーカーの置き場所に困る。それに、使い慣れたこのシルバーカーが、いろいろ便利なのだ。
「あら、清江さん?」
名前を呼ばれて振り返ると、同じアパートに住むタカコだった。
「清江さん、こんな遠くのスーパーまで買い物に?」
そう言ってタカコは、清江が押しているシルバーカーに軽蔑の眼差しを向けた。
「ええ、運動がてらね。ちゃんと体を動かさないと、ボケちゃいますでしょう」
いつも、近くに住む息子の嫁に車で送迎してもらっているタカコに、イヤミのつもりだ。
「まあ。清恵さんほどしっかりしていたら、大丈夫ですよ」
タカコは、幾分気を悪くしたようだった。イヤミが通じたようで、清江は気を良くした。
清江は八十代も半ばを過ぎたが、ずっと一人で暮らしている。結婚もしたことがない。きょうだいもいないので、天涯孤独というやつだ。身軽でいい。ずっとそう思って生きてきた。これからだって、そうだ。
しかし、数年前に流行したコロナのせいで、そうも言っていられなくなった。幸い罹患は免れたものの、生活スタイルが激変した。
その一つが、セルフレジだ。コロナからこっち、こういうレジが増えた。見れば、一つしかない有人のレジには長い列ができている。大半がシニア世代で、清江と同年代の年寄りもいる。
買い物かごの中をざっと見たところ、十数点の品物が入っていた。
「さて今日も、練習やってみるか」
シルバーカーを押して、有人レジを素通りした。レジ前の列に、タカコを見つけて、清江はほくそ笑んだ。
清江がわざわざ遠くのスーパーまで来るのは、健康のためだけではない。セルフレジをうまく使いこなせるよう練習をするためだ。近所のスーパーでは顔見知りが多くて恥ずかしいが、ここなら多少間違えても問題ない。年寄り扱いされるのは嫌だし、人に教えを乞うのはもっと嫌いだ。
この店の無人レジは六台もあり、並ぶことなく、機械の前に立つことができた。六台のレジの端には、ヘルプ要員のスタッフが控えていて、もたついている客がいないか、首を巡らせていた。案の定、買い物袋のセットが分からず、まごついている爺さんを見つけると、すかさず声をかけていた。
清江は持参していた買い物袋を所定の場所に引っかけて、スタートボタンを押した。ここまではもう慣れた。問題はスキャンとやらだ。商品によってバーコードの位置が違うため、品物のあちこちを確認しないといけない。さらには、バーコードの印字がかすれていたりすると、いくら機械にかざしても読み取ってくれない。もたもたしていると、すぐにヘルプ要員がやってくる。年寄りイコール出来ないと思い込んでいるのだ。問題は頭の固い機械の方だっていうのに。頼んでもいないのに手を出されることほど嫌なものはい。負けた気がする。
清江がここで練習するようになって、あのヘルプ要員が声をかけてこなかった日はない。今日こそは成功させてやるのだ。
清江は、買い物かごから味噌のパックを出した。側面についたバーコードをスキャンする。電子音がして、画面に味噌の価格が表示された。
「よし、いいねえ」
味噌を買い物袋に入れると、次に食パンを手に取った。
「でもこれは、つぶれちゃあいけないから」
とりあえず脇によけた。次はヨーグルトをスキャンして袋に入れた。玉子とバナナ、りんごも手前に置いた。割れたりつぶれたりするものは最後だ。
やがて清江はスキャンを終え、支払いボタンを押した。現金を選ぶ。表示された金額を投入し、吐き出されてきたレシートを受け取った。品物が詰まった買い物袋を、シルバーカーの荷物入れに押し込んだ。
よし、完璧だ。今日は声をかけてこなかった。ヘルプ要員はと見れば、別の婆さんに付きっきりだ。有人レジでは、タカコが、まだ列の中ほどにいて、すっかり気分が良くなった。
「こうでなくちゃあね」
得意になってスーパーを出ると、後ろから声をかけられた。
「お客さま、ちょっとよろしいでしょうか」
振り返ると、ヘルプ要員だ。清江は思わず舌打ちをした。
「あの、スキャンをお忘れになった商品が入っていませんか?」
バレていたか。今日は完璧にごまかしたと思ったんだけれど。ここの店でも顔を覚えられたのかもしれない。
また別の店で練習しないと。
「すみませんねえ、年寄りなもので……」
清江は言って、店員とともに店に戻った。支払いを済ませて店を出ようとすると、タカコが買い物を終え、嫁の車で帰るのが見えた。
(了)