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第49回「小説でもどうぞ」選外佳作 突然死 ゆうぞう

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小説
小説でもどうぞ
第49回結果発表
課 題

練習

※応募数326編
選外佳作 

突然死 
ゆうぞう

 三月のある日、父さんがソファで死んでいた。
 母さんと私でデパートに買い物に行って帰ってきたら、父さんはソファに深く腰掛けて顔を仰向けにして目をつぶっていた。
「お父さん、起きてよ。どら焼き食べようよ」
 返事がない。
 胸がまったく上下していない。
 口が半開きだ。
 いつものいびきもかいてない。
 おかしい。
 母さんが「お父さん!」と大声を出して、父さんを揺さぶった。
 その瞬間、「へへへ、びっつらしたっぺ?」と父さんは目を開けた。
「もう、死んだと思ったじゃない。驚かせないでよ」
 
 一週間後、私と母さんが映画を見て帰ってきたら、またソファの上で父さんが死んでいた。
「お父さん、起きてよ」
 また返事がない。
 首がのけぞり、天井を仰いでいる。
 口は半開き。胸が動いていない。
 まさか、今度は……。
「お父さん、起きてよ!」
 私はお父さんの肩を揺すった。
 動かない。
 お母さんが慌てて駆け寄った。
「ちょっと私を一人にしないでよ!」
 そのとたん、父さんはギョロ目をパカッと開けた。
「死んでないよー」
「またなの?」
 お母さんも私も声に出して笑った。
「ほんとにしょうがないお父さんね。お笑いは舞台の上でやってよ」
「ああ、面白かった」
 父さんは上機嫌だった。

 だが、それで終わりではなかった。
 それからはほとんど毎週のように、私と母さんが外出して帰ってくると、死んだふりをしている。私たちはだんだん死んだふりごっこになれてきた。このごろは全然驚かない。
「またやってる」と言って、起こすのが日常になった。
「もう止めてよね」
 二人で頼んでもやめてくれない。困った父さん。でも、面白い父さん。

 父さんが面白いのには訳がある。
 父さんは、芸名を三並四之介というお笑い芸人なんだ。戸田三夫さん、伊藤五郎さんと『ずっこけトリオ』を組んで、コントをやっている。テレビでも舞台でも人気者だ。
 私は幼いころ、父さんのことが恥ずかしかった。
「びっつらしたっぺ?」という言葉を流行らせたんだけど、男の子たちが私に変顔をして「びっつらしたっぺ?」と毎日からかってくる。そのたびに、なんで私の父さんはお笑い芸人なんてやるんだろう、ととても嫌だった。
 でも、中学生になり、高校生になるころには、父さんを尊敬するクラスメートも現れた。家での父さんとテレビで観る父さんは別人だということがわかってきた。テレビの三並四之介は山岸洋一が演じている姿だと認識できたのだ。父さんは人一倍練習熱心なんだ。戸田さんと伊藤さんが家に来るたびに、父さんがどんなに芸に打ち込んでいるかを話してくれる。私はだんだん父さんを尊敬するようになった。
 
 ゴールデンウイ―クが終わったあとの日曜日のことだった。
 父さんは休みで家にいた。デパートに買い物に行こうと誘ったが、疲れているので留守番をすると言う。私と母さんで行った。
 夕方、父さんの好きなお寿司を買って帰ってきた。
「ただいま」と言って、リビングのドアを開けた。
 予想通り、父さんがまたソファで死んでいた。
 もう私たちはなれっこだ。
 私は笑いながら、父さんの肩を人差し指で突っついた。
「父さん、もうばれてるわよ。起きて。父さんの好きな鱒の寿司よ」
 父さんは目をつぶったまま。
「父さん、起きて」
 私は父さんの肩を揺すぶった。
 それでも父さんは死んだふり。
「もう、手がかかるんだから」
 私は笑いながら言った。
「いつまでも死んだふりをしていると、鱒の寿司食べちゃうよ」
 起きない。キッチンに立っていた母さんの顔色が変わった。ソファに飛んできた。
「お父さん、お父さん!」
 揺すっても起きない。本当に死んでしまったんだ……。
「「お父さん!」」
 不思議なことに二人とも慌てなかった。
 私は冷静に、一一九番に電話した。

 それから二日後、通夜を執り行った。マネージャーの田所さんがかいがいしく動いてくれた。参列された皆さんが帰ってから、田所さんが私たちに言った。
「実は、三並さんは病院で、脳に動脈瘤があると言われていたんです」
 私たちには初耳だった。
「ですが、動脈瘤が巨大なため手術はリスクがあるので、三並さんは手術を断りました。経過観察になったんです」
 母さんがたずねた。
「お医者さんは何もしてくれなかったの?」
「高血圧があったり喫煙や大量飲酒の習慣があれば、破裂率は高くなるので、運動をして、食事の量を減らし、禁煙をするように言われました」
「そんなの何もしていないじゃない!」
 私が声を強めると、田所さんが答えた。
「三並さんは言うんです。でっぷり太った俺だから、お客さんは笑ってくれるんだ。やせてスマートになった三並四之介なんか、誰も見に来ないよ。だから俺はやせない」
 そのとき、私は父さんが死んだふりをよくしていたことを思い出した。田所さんにそのことを聞いてみた。
「ええ、三並さんは言ってました。『動脈瘤が破裂すると、クモ膜下出血で突然死するだろう。そのとき女房と娘がショックを受けないように、突然死の練習をするんだ。何度も俺が死ねば、あいつらは驚かなくなる。何事も練習が必要だ』と」
(了)