【本屋大賞受賞後の第一作を大改稿】町田そのこが語る『星を掬う』誕生秘話と作家としての覚悟


2017年に作家デビューした町田そのこさん。切ない思いを筆にのせて紡ぐ物語は、数多くの読者を惹きつけてやまない。新刊『星を掬すくう』のことや、作家志望者に向けての言葉などを伺った。
本屋大賞を経て自分の拙さを感じるように
——最新刊である『星を掬う』の着想のきっかけは?
『52ヘルツのクジラたち』を書いた直後に取り掛かったのが本作です。「52ヘルツ」は大きな反響のあった作品で、「続編は書かないんですか?」という質問もよくいただいていました。そのたびに、「書かないです」とお答えしていたわけですが、もしも続きを書くのであれば、「52ヘルツ」とは逆の側、つまりは虐待をしていた側である親の視点や事情をきちんと書いてみたいなと思いました。それが着想のきっかけです。
——本屋大賞が決まる前には書き始めていたのですね?
ノミネート前の時点で一度書き上げていました。ただ、本屋大賞の発表があったあとに、そろそろ本にしましょうかと言われて読み返したら拙さというか、自分でも「うまくないな」と感じ、書き直すことにしました。そこから2カ月くらいかけて8割以上を改稿しました。
これまでは自分の好きなことを書いている感覚があったのですが、本屋大賞を経て、作家としての自覚が生まれたんですね。
ただの謎解きで終わらせない血肉の通う物語を
——賞をとったことにより、作家としての意識が変わったということでしょうか。
読み返したときに、本屋大賞という大きな賞をいただいたあとの第一作がこれでいいのかな?とレベルの低さを感じたんです。自分自身、成長したものが書きたいなと思い、改稿することにしました。これが新聞や雑誌の連載だったら、書いたあとの修正なんてできないので、書き下ろしでよかったです(笑)。
——町田さんにとって本屋大賞は大きな経験だったんですね。プレッシャーもありましたか。
本屋大賞は、もっと何年も作家として積み重ねていった先で見えてくるものじゃないかなと思っていました。キャリアもそんなにないと自分でわかっていたので、憧れもないというか。受賞は予想もしていないことでした。だからノミネートの時点ですでに「悔いはない……」って(笑)。
プレッシャーも大きくて、胃薬を5箱くらい飲みました(笑)。なんというか、身の丈に合わない賞をいただいてしまったという気持ちがずっとあって、どこかで潰れて書けなくなってしまってもおかしくはなかった。でも途中からは、「賞をもらったからにはなんとかしなきゃ、成長しなきゃ」とモチベーションに切り替えることができました。そうやって次の作品としっかり向き合って、一作を完成させられたことは大きな自信になりました。
——では、読み返したときに感じた拙さのことを、もう少し詳しく教えてください。
具体的には、ただの謎解きになってしまっている部分に物足りなさを感じました。今回のお話は母に捨てられた娘と、どうしようもない事情があって娘を捨てた母の物語です。「あの人は子どもを捨てた」と世間一般からは後ろ指を指されてしまうような人にも、やるせない理由や事情があるんだということを書きたくて書き始めた。ですが、母が娘を捨てるにいたった理由の謎解きにとどまっているのが初稿でした。ミステリー要素ばかりが目立った印象ですね。小説としても全然ダメだし、自分の書きたいものにも沿えていないなと思いました。
——改稿ではどのあたりを大きく変えたのですか。
いちばん大きく変えたのは、主人公の母親・聖子の性格ですね。180度変えました。最初は、主人公をそのままおばさんにしたような、うじうじと悩むタイプの女性を考えていたんですよ。
でも、娘を捨てるということを犯してまで、自分の人生をつかみ取った人であれば胸を張って生きていてほしいと思いガラッと変えました。自立した意志の強い性格にしたんです。すると、物語自体もとてもスムーズに動き出して、新しい世界を見せてくれました。芯が一本通ったような感覚でした。
——『星を掬う』は読者も思わず感情移入してしまうようなよいキャラばかりでした。
今回は、主人公たち以外の、周辺のキャラにも血肉の通った物語にすることを自分に課していました。全部のキャラに血が通っていて、骨や肉があることを感じさせられるようには努めて描写しました。それは、これまでの自分に足りていなかったことじゃないかなと思うんですよ。だからといって、今作で完璧に書けたというわけでもなくて、自分の理想に一歩近づけたくらいの感じですね。
試行錯誤してキャラの心情を丁寧に追いかける
——いつもそうやって、自分の反省点や足りなかったところを振り返っているんですか。
そうですね。本を出したあとは毎回反省しています。特に「52ヘルツ」はたくさんの方の目に触れて、感想も多くいただいたので、自分の実力の足りなさをまざまざと見せつけられたところがやっぱりありました。一作ずつ成長していきたいので、そういうところは潰していこうと思っています。
——主人公の千鶴は、作中で驚くほどの成長を遂げたキャラでしたが、どんな意識で書いていたのでしょうか。
千鶴は、かなり暗くてうじうじとしたキャラクターだったので、どうやったら読者の皆さんに受け入れてもらえるかは考えましたね。「こんな状況だったらこうなっても仕方ないか」と納得してもらえるように、試行錯誤を繰り返しました。特に、千鶴の心情の流れはかなり丁寧になぞりました。
——『星を掬う』では、主人公たち以外にもさまざまな母娘関係が描かれていました。
主人公たちは捨てられた娘と捨てた母親でしたが、逆に子どもに捨てられることもあると思うんです。捨てられるというか、利用されて尊厳を踏みにじられるようなこと。そういう形もあるなあと、書いているうちに連想で出てきました。私はプロットを立てずに書くのですが、立てない醍醐味は、作った枠に閉じ込められずに済むので、連想が生まれやすいこと。その代わりずっと考え続けていて、洗濯物を干しているときに、「ああ、ここがこう繋がるのか」と突然気づいたりします。そんなときは家事の手を止めてパソコンに向かいます。
——章ごとに時間軸も変わりながら話が進んでいますが、プロットなしで書けるものですか。
頭の中で整理しつつ書いています。書いた順番も本の順番通りです。この話を書くなら、そのあとはこのエピソードがいるなと考えながら進めています。とはいえあとから、「ここにモノローグを足そう」くらいはありますよ。
作家を目指す公募ガイドの読者たちへ
——最後に、作家を目指す公募ガイド読者にアドバイスをいただければと思います。
もうとにかく、完結まで書くということにつきますね。作家志望の方にもよくお会いしますが、物語を紡ぎ終えたことがない方は多いんですよ。完結というのはごはんを炊いて準備したぐらいの段階で、そこから味付けがスタートするので、まずは完結を目指してほしいです。
私自身も、携帯小説で書き始めたので、最後に「完結」のボタンを押す達成感はすさまじいものがありました。そこから修正してどんどんよくなっていく過程も経験しました。
それから、あと一つ重要なのは、信頼できる読者をたった一人でいいから見つけることです。私の場合は、デビュー前は携帯小説の読者たちがアドバイスをくれていました。鬼みたいな読者たちで、漢字が多いとか展開が性急だとか、ときにはヒーローがおっさんくさいなんていうひどい意見もある中から、有益なものを選んでいました。その後は同じ小説家志望の仲間と互いのものを読み合っていましたね。
やっぱり読んでもらうのがいちばんいいです。その中でも特に、自分と同じくらい真剣に物語を考えてくれる読み手を見つけて、その人の言うことは信じるようにするといいと思います。
町田そのこ
1980年生まれ。福岡県在住。「カメルーンの青い魚」で、第15回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。2017年に同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮社)でデビュー。『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞を受賞。最新作『星を掬う』が好評発売中。
公募ガイドに寄せた受賞のコトバ
公募ガイドでは新人賞受賞者への取材を、タイトルを変えつつ長年にわたり行ってきました。大物作家たちのデビュー前の言葉をここで振り返ってみましょう。
町田そのこ
第15回女による女のためのR-18文学賞
「何もしなかったくせに、夢が潰えたと言うな。努力しなかったくせに、一人前に傷つくな。夢を失ったのはお前自身のせいだ、馬鹿者が。その時からずっと、書き続けてきた。幾つかの文学賞に作品を送り、『R‐18文学賞』には数年前にも一度応募した。全て一次落ちばかりで、結果を残せなかった。それはそうだ。サボり続けた人間が少し努力しても、簡単に成功するはずがない。まだ足りてない、といつも言い聞かせた」
海堂尊
第4回『このミステリーがすごい!』大賞
「応募した後は絶対大賞と確信していました。それは「物書き」の、作品に対する礼儀と覚悟。ただ「コイツよりカッコいいヤツがいれば負け」と言い聞かせることも忘れない。そこは「おっさん」の年の功。心のショック・アブソーバーの装着です」
西條奈加
第17回日本ファンタジーノベル大賞
「(前略)受賞して一カ月経ったいまでも、身に合わぬ大きな服を着せられているようで、しっくり来ません。受賞を手放しで喜べない一方で、自分にとってはかえって良かったようにも思います。賞の重さと自身の実力のギャップを埋めるためには、書くしか方途がありません。この先もたゆまず惜しまず書き続けていこう、といま真摯に考えています」
宇佐見りん
第56回文藝賞
「書くことには魔力があります。混沌とした場所に手を突っ込んでいると、ときおりなにか途方もないものが手に触れることがある。潜り込んでいくのは苦しくもありますが、それを捉えた瞬間のあの「感じ」は、何ものにも代えがたいものです。ひとつ書き上がるたび、わたしは淋しいような幸せを感じます。それは生きているということの実感でもあったかもしれません」
今村昌弘
第27回鮎川哲也賞
「つまり締め切りギリギリに書き上げるのではなく、一ヶ月前、二ヶ月前までに全部書き上げ、何度でも推敲を重ねた方がいいです。時間をおいて読み返す度に文章の稚拙さや無数の粗を目の当たりにし、情けなくてのたうち回るでしょうが、それは推敲あるあるです。なにせ、僕はこの受賞作に対しても未だにそうなのですから!」
佐藤究
第62回江戸川乱歩賞
「フィクションとは小説に限らない。現実すべてだ。政治、経済、デパート、流行りの「ポケモンGO」。つまり〈人工物〉はどれも虚構である。そして人は必ず、すぐれたフィクションの方に列をなす。強い世界観を築いた側に、思わず引き寄せられる。たったこれだけだ、この世の秘密は」
恒川光太郎
第12回日本ホラー小説大賞
「学校を卒業してからは、日々に忙殺されて自然と執筆から遠ざかりました。(中略)今年の受賞作の「夜市」は、数年のブランクの後、とても軽い気持ちで書き始めました。今思えばそれが良かったようです。肩の力を抜いて書くことで、自分と作品の間に、必要な距離を自然に置けたように思います」
※本記事は2022年1月号に掲載した記事を再掲載したものです。