第15回「小説でもどうぞ」佳作 問診/高田昌彦
第15回結果発表
課 題
表と裏
※応募数212編
「問診」高田昌彦
――きょうは何月何日ですか?
「うーん、わからん。忘れた」
――一〇〇引く七はいくつですか?
「えーと、えーと……、九五かな」
――自宅の近所を散歩していて道に迷うことがありますか?
「あるねえ、同じ道をぐるぐる回っていたり……家に帰れなくなったり」
――約束の時間や場所を忘れることはありますか?
「あるある、年がら年中忘れているよ。きょうもここへ来るの忘れていたのよ」
――どうやって思い出したのですか?
「女房だよ。女房に連れて来られたんだよ」
――財布やお金を盗まれたと、誰かを疑って騒いだことはありますか?
「あるある、なぜかよく盗まれるんだよ、俺の財布は」
――盗まれやすい財布なんですか?
「そうそう、そうなんだよ」
――あなたはいつも家の中で探し物をしていませんか? 日用品をどこに置いたかわからなくなって。
「そういえばそうだな。眼鏡とか入れ歯とか新聞だとか、いつもどこかに置き忘れて探しているよ。特に眼鏡だな」
――自動車を運転しているそうですが、最近運転ミスは増えていませんか?
「うん、そういえばアクセルとブレーキをよく間違えるんだ。この間も停めようと思ったのに、電柱に突進してぶつけてしまったよ」
――それは恐ろしいですね。気をつけてくださいよ。
「ああ。気をつけて慎重にブレーキを踏んだのに、アクセルだったんだ」
――ささいなことで怒りっぽくなった、と自覚していますか?
「いや、ささいなことでは怒らんよ、俺は。大きなことで怒る。原発問題とか年金問題とか、ロシアとウクライナ問題とか、わっはは」
――確かにささいなことではありませんね。ところで、自分の頭が変になったのではないかと思うことはありますか?
「あるある。特に酒飲んで酔っ払ったときは、誇大妄想が次つぎと浮かんでくる。アラブの大金持ちになって美女に囲まれたり、石川五右衛門になって千両箱盗んだり、プロゴルファーになってマスターズで優勝したり……支離滅裂」 ――一人ぼっちになるのは怖いですか?
「怖くはないよ。むしろせいせいする。孤独死にあこがれているんだ。ある朝、ぽっくりと一人ぼっちで死んでいたいよ。ピンピンコロリね」
――この頃、様子がおかしい、とご家族から言われていませんか?
「そうなのかなあ、わからない。様子がおかしいのはお互い様じゃないのか。うちの女房もかなりおかしいからね」
――それでは以上の問診の結果から診断させていただきます。物忘れ、判断力、不安感、妄想などについて確認しました。その結果、あなたの病名は偽・認知症です。認知症のふりをした老人です。最近たまにいるんですよ、あなたみたいな人が。
「あっはは、ばれたか。よくわかったね」
――本物の認知症にしては反応が早いですし、各返答の間にアンバランスと矛盾が見られます。偽装だろうとすぐわかります。
「なるほど、そうなのか……」
――なぜ認知症のふりをしているのですか?
「うーん。それはつまり老人としての反骨精神だな。ボケたふりをして自己の存在意義を主張するという……」
――意味が通じませんが。
「認知症こそ人類本来のあるべき姿だと俺は考える。体制権力が孕む諸矛盾を告発する手段としての認知症によるゲバルトだよ。ボケてすべてを忘れることで自己否定と自己解放をする。まあ革命みたいなものだな、あっはは」 ――やっぱり半分くらい、本物の認知症かもしれませんね。
「ドキッ……。俺、孤独だからね。家族は冷たいし年金収入は心細いし、認知症にでもなって現実をすべて忘れたいのよ」
――わかりますよ、その気持ち。老人性のうつ状態、あるいはセン妄、意識障害も合併しているかもしれませんね。
「へー、あんた認知症の病態に詳しいね、何者だい?」
――もちろん医者ですよ。と言いたいところですが、実は病気診断用の人工知能、AIです。まだ試作品の段階で未熟物ですが。
「そうか、医療現場は人手不足だから、AIに医者の代わりをさせようとしているんだな」
――そうです。もっと症例を積んでいけば、人間の医者より的確な診断が安価でできるようになると期待されています。
「ちぇ、世知辛い世の中になったなあ」
――医療費節減は切実な国家的課題ですからね。仕方ありません。ところであなたは誰ですか?
「へへへ、実は俺も本物の患者じゃなくて『患者ロボット』なんだよ。医学生や研修医の教育用に開発されているんだ。俺と問答して、さまざまな疾患患者への対応を勉強してもらおうというわけ。今回の課題は団塊世代の認知症だったけど、脳卒中でも心筋梗塞でも何でもやるよ」
――いやはや、ご同輩でしたか。
「そうだ、俺もまだまだ未完成品なんだ。もっと経験値を積み上げて精度を高めろ、とうるさく言われているよ」
――そうですか。お互いに切磋琢磨して、迫りくる日本の超高齢社会の医療に貢献しましょう。
(了)
「うーん、わからん。忘れた」
――一〇〇引く七はいくつですか?
「えーと、えーと……、九五かな」
――自宅の近所を散歩していて道に迷うことがありますか?
「あるねえ、同じ道をぐるぐる回っていたり……家に帰れなくなったり」
――約束の時間や場所を忘れることはありますか?
「あるある、年がら年中忘れているよ。きょうもここへ来るの忘れていたのよ」
――どうやって思い出したのですか?
「女房だよ。女房に連れて来られたんだよ」
――財布やお金を盗まれたと、誰かを疑って騒いだことはありますか?
「あるある、なぜかよく盗まれるんだよ、俺の財布は」
――盗まれやすい財布なんですか?
「そうそう、そうなんだよ」
――あなたはいつも家の中で探し物をしていませんか? 日用品をどこに置いたかわからなくなって。
「そういえばそうだな。眼鏡とか入れ歯とか新聞だとか、いつもどこかに置き忘れて探しているよ。特に眼鏡だな」
――自動車を運転しているそうですが、最近運転ミスは増えていませんか?
「うん、そういえばアクセルとブレーキをよく間違えるんだ。この間も停めようと思ったのに、電柱に突進してぶつけてしまったよ」
――それは恐ろしいですね。気をつけてくださいよ。
「ああ。気をつけて慎重にブレーキを踏んだのに、アクセルだったんだ」
――ささいなことで怒りっぽくなった、と自覚していますか?
「いや、ささいなことでは怒らんよ、俺は。大きなことで怒る。原発問題とか年金問題とか、ロシアとウクライナ問題とか、わっはは」
――確かにささいなことではありませんね。ところで、自分の頭が変になったのではないかと思うことはありますか?
「あるある。特に酒飲んで酔っ払ったときは、誇大妄想が次つぎと浮かんでくる。アラブの大金持ちになって美女に囲まれたり、石川五右衛門になって千両箱盗んだり、プロゴルファーになってマスターズで優勝したり……支離滅裂」 ――一人ぼっちになるのは怖いですか?
「怖くはないよ。むしろせいせいする。孤独死にあこがれているんだ。ある朝、ぽっくりと一人ぼっちで死んでいたいよ。ピンピンコロリね」
――この頃、様子がおかしい、とご家族から言われていませんか?
「そうなのかなあ、わからない。様子がおかしいのはお互い様じゃないのか。うちの女房もかなりおかしいからね」
――それでは以上の問診の結果から診断させていただきます。物忘れ、判断力、不安感、妄想などについて確認しました。その結果、あなたの病名は偽・認知症です。認知症のふりをした老人です。最近たまにいるんですよ、あなたみたいな人が。
「あっはは、ばれたか。よくわかったね」
――本物の認知症にしては反応が早いですし、各返答の間にアンバランスと矛盾が見られます。偽装だろうとすぐわかります。
「なるほど、そうなのか……」
――なぜ認知症のふりをしているのですか?
「うーん。それはつまり老人としての反骨精神だな。ボケたふりをして自己の存在意義を主張するという……」
――意味が通じませんが。
「認知症こそ人類本来のあるべき姿だと俺は考える。体制権力が孕む諸矛盾を告発する手段としての認知症によるゲバルトだよ。ボケてすべてを忘れることで自己否定と自己解放をする。まあ革命みたいなものだな、あっはは」 ――やっぱり半分くらい、本物の認知症かもしれませんね。
「ドキッ……。俺、孤独だからね。家族は冷たいし年金収入は心細いし、認知症にでもなって現実をすべて忘れたいのよ」
――わかりますよ、その気持ち。老人性のうつ状態、あるいはセン妄、意識障害も合併しているかもしれませんね。
「へー、あんた認知症の病態に詳しいね、何者だい?」
――もちろん医者ですよ。と言いたいところですが、実は病気診断用の人工知能、AIです。まだ試作品の段階で未熟物ですが。
「そうか、医療現場は人手不足だから、AIに医者の代わりをさせようとしているんだな」
――そうです。もっと症例を積んでいけば、人間の医者より的確な診断が安価でできるようになると期待されています。
「ちぇ、世知辛い世の中になったなあ」
――医療費節減は切実な国家的課題ですからね。仕方ありません。ところであなたは誰ですか?
「へへへ、実は俺も本物の患者じゃなくて『患者ロボット』なんだよ。医学生や研修医の教育用に開発されているんだ。俺と問答して、さまざまな疾患患者への対応を勉強してもらおうというわけ。今回の課題は団塊世代の認知症だったけど、脳卒中でも心筋梗塞でも何でもやるよ」
――いやはや、ご同輩でしたか。
「そうだ、俺もまだまだ未完成品なんだ。もっと経験値を積み上げて精度を高めろ、とうるさく言われているよ」
――そうですか。お互いに切磋琢磨して、迫りくる日本の超高齢社会の医療に貢献しましょう。
(了)