作者が主人公になりきる
単独主人公で押し通すべき
新人賞を射止めるには、主人公と、主人公を巡る主要登場人物のキャラクターが立っていなければならない。
「キャラが立つ=選者(作家・評論家・幹部編集者)が、その人物を魅力的と判断する」である。
これは、ビッグ・タイトルの新人賞を狙うアマチュアは「観念的には」理解しているはず。
ところが「公募ガイド」の「落選理由を探る」に送られてくる原稿や、個人的なツテで送られてくる応募落選作を読むと、大多数は、そうとは思えない。
これが「観念的には」と括弧づきで書いた理由である。
神様視点で書いた作品が一次選考で落とされるのは当然のことだが、主人公視点で書いていてもキャラクターに魅力がない。
平凡で、どこにでもいそうな、ごく普通の人物に設定しているのは論外(「普通・平凡」はNG。「普通・平凡」という設定で落とされる可能性が大。どれだけ「普通でない主人公」を考え出すかが新人賞狙いの鍵)だが、「普通ではない、ちょっと、そこいらにはいない」人物に設定しているのに、まるでキャラが立っていない事例がある。
その原因は、「登場人物が生きていない」「登場人物を作者の都合で、あたかも将棋の駒を動かす(それも、ヘボ将棋のレベル)ように動かしている」ことに、ほぼ尽きる。
これは、往々にして「ご都合主義」の陥穽に嵌まる。
「この状況で、そうは行動しないだろうよ」「この状況下で、そんな台詞を吐くわけがないぞ」といった印象を受ける。
こうなる理由は、作者が主人公になりきっていないことが最大原因である。
作者は、主人公になりきって書かなければならない。
W主人公、もしくはトリプル主人公なら、主人公が切り替わる都度、作者は自分の性格まで変えなければならない。
これは執筆歴の浅いアマチュアには至難の業である。だから私は、単独主人公で押し通すことを推奨する。
複数主人公が、それぞれ別人格でキャラが立っていれば、別に私は止めたりしない。直木賞を受賞した川越宗一さんが、そうだった。
「夢トレーニング」は極めて効果的
「作者が主人公になりきる」ために、新人時代の私が実践した方法を紹介しよう。
それは「夢を見る」ことである。比喩的な意味ではなく、実際に就寝中に見る夢の意味である。
「これこれ、こういう物語を書こう」と物語の舞台設定や登場人物設定を考えたら、そのとおりの夢を見る。
こう書いたら「そんなことが、できるわけがない」と思う人が大多数だろう。もちろん、一朝一夕でできることではない。
しかし「見よう! 見よう!」と切望していると、見られるようになる。
私は新人の売れっ子だった時代には、3日か4日、長くても1週間で長編1作を書き上げていた。
夢を見る。テレビの2時間ドラマぐらいの物語を夢で見る。「夢だと話の辻褄が合っていないのでは?」と疑問に思う人がいるかも知れないが、そんなことはない。
私は、70代の半ばになった現在でも、大長編の夢を見る。1晩に3本ぐらい見ることも珍しくない。
夢の中の登場人物は、ちゃんと喋る。私は、起きたら、その夢を原稿用紙(新人時代は、まだ手書きの時代でワープロもパソコンもなかった)に一気呵成にノンストップで埋めていくだけである。
1時間に10枚ペースで書いていけば1日に80枚から100枚は書ける。亡くなられた直木賞作家の胡桃沢耕史さんは日産200枚だったから、私は格別、速筆というほどではない。
私は夢の中で、主人公と感覚を共有している。だから目覚めて執筆に取り掛かった時にも、主人公の味わった感覚をそのまま書き写せる。
よく「夢かどうかは、自分で自分の頬を叩いてみれば分かる」と言われるが、そんなことはない。
ちゃんと筋道の通った、どこにも矛盾がない夢を見るようになったら、夢の中で自分の頬を引っ叩いても、痛い。
私の場合、主人公と共有できない感覚は、味覚である。
夢の中で主人公が料理を美味しそうに食べる。しかし、私には、その味が分からない(だから私はグルメ小説が書けないし、味覚を表現するボキャブラリーが貧弱である)。
ところが、私の身内の漫画家は「夢の中で料理を食べても、ちゃんと味が分かる」と言う。
「それでは、夢の中の出来事なのか、それとも現実世界なのか区別が付かないだろう」と突っ込むと「その通り。夢か現実か判断する基準を私は持っていません」という返事だった。
「夢で主人公と一体化する」トレーニングは、これほど奥が深い。本気で売れっ子のプロ作家を目指すのならば「夢トレーニング」は必須だと私は考える。
新人賞受賞作家の9割は10年以内に文壇から影も形もなく消え失せる。
文壇から消えた後、新人賞を取り直したプロ作家(それも、ビッグ・タイトルの新人賞を3度も)が実在するし、かつての新人賞受賞作家が新人賞の予選突破者のサイト発表に名前を連ねていることも、少しも珍しくない。
この「1割の壁」を乗り越えて、文壇に売れっ子の足場を築いたプロ作家は、概して超速筆である。
超速筆になるためには、「夢トレーニング」は極めて効果的だと私は考える。
プロフィール
若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。