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第9回「小説でもどうぞ」佳作 恋の終わりに/深谷未知

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第9回結果発表
課 題

冒険

※応募数260編
「恋の終わりに」深谷未知
 電車の料金表と路線図を、見ながら今まで行ったことのない駅の名前をいくつかピックアップした。財布の中の所持金を考え、なるべく遠くの駅を選んだ。
 お金を券売機に滑り込ませ、切符を購入した。改札口を抜けて、階段を上っていく。私の横を通り過ぎる人は、目的を持ってしっかり歩いている。もしくは、足早に階段を上っていく。のんびり歩く私にとっては、周りの人達は、スキップしているように、軽やかな足取りに見える。
 手元にある切符を見つめて、ため息をついた。フリースのジャケットのポケットに、切符をしまい、階段を上りきる。通過していく電車が、ちょうどこちらに走り込んできて、私の横を勢いよく通り過ぎた。ひんやりした風が、頬にぶつかる。
 三月も半ばになれば、暖かい日も増えるが、今日は、薄曇りで気温も少し、低かった。駅のホームから、街並みが見える。早咲きの桜や、梅があちこちに見られ、見事に咲き乱れている。吹き付ける風に、花びらがひらひらと落ちていく。
 そういえば、祐也と一緒にお花見する約束していたなと、ぼんやり思う。その約束も果たされず、今年は友人とだけ花見をすることになるだろう。
 少し下がったマスクを、持ち上げ鼻を隠す。マスク生活が長くなったが、最近ではマスクをしていないと不安にすらなる。自宅を出るとき、マスクを忘れると何だか、しっくりこない感じがするのだ。
 祐也は、マスクをすることを、面倒がり時々、いろんな人と喧嘩になった。そんな彼を見ていて、好きな気持ちがどんどん冷めていった。最終的には、祐也に好きな人が出来て、私は振られたけれど、正直ホッとしていた。私から別れを告げたら、彼は頑なに嫌がっただろう。
 滑り込んできた電車に乗り込み、座席に腰を下ろした。土曜日の午前中だが、電車内はとても空いていた。
 親子連れや、カップル、老夫婦などが、ポツポツと座席を埋めていた。鞄から文庫本を取り出し、パラパラと捲る。視線を上げると、流れていく車窓に、薄曇りの空が見える。
 傷心旅行といえば、聞こえがいいかもしれないが、そんなに傷ついてもいない。けれど、気持ちを切り替えたかった。何となく知らない場所を歩いてみたかった。
 あくびを噛み殺し、文庫本を閉じた。ほどよく温かい電車内と、揺れが眠りを誘う。目を閉じて、眠りの中に身を委ねた。眠りの中で、私はひどく泣いていた。
 目を開けると、目尻からうっすら涙が流れた。慌てて、ハンドタオルで、拭き取った。どんな夢を見ていたかも、よく思い出せないが、とても気持ちがスッキリした。
 ちょうど降りる駅に、電車が滑り込んだ。扉が開いて、駅に降り立った。私以外には、誰も降りなかった。何となく心細さを感じながら、駅の改札を出た。
 駅の目の前に、神社の早咲きの桜が、私を出迎えるように、枝葉を伸ばし、満開の花が鮮やかに見えた。グレーの空に、桜はとても映えていた。吸い込まれるように、神社の鳥居をくぐる。
 こじんまりした神社だった。お賽銭を入れて、手を合わせた。桜を見ながら、神社をウロウロしたが、特に見るべきものもなく、神社を出る。
 商業施設も見当たらず、住宅街を歩きながら、小さな自転車やベランダに揺れる洗濯物を、ぼんやり見ながら歩いた。肩から下げた鞄から、ポラロイドカメラを取り出し、子供用自転車にピントを合わせて、シャッターをきる。
 ジーっという音を立てながら、プリントされた写真が滑り出てくる。白い写真を軽く振りながら歩く。祐也は、ポラロイドカメラを振る私を見ながら、それ意味ないからと、何度も言った。振ったから早く写真が浮かび上がるわけではないと、言うのだが、そんなことは、祐也に言われなくても、知っていた。
 そうだね、と小さく呟き、私は祐也に、いつも遠慮してたんだなと思った。だから別れも告げられずにいたんだ。一緒にいる意味を見いだせないまま、私は祐也と日常を繰り返した。
 さっき見た夢を思い出せないが、たぶん、祐也に別れを私なりに告げる夢だったのかもしれない。好きでもないのに、一緒にいてごめんなさいと、謝り続けていた気がする。そんな夢のような気がした。
 仕事が休みの日は、私は見知らぬ場所を求めて小さな旅に出る。私にとっては、新たな場所を開拓する冒険のようだ。手に持った写真を見ると、カラフルな子供用自転車が、手入れされた庭に、浮き上がるようにあった。私の冒険の証をそっと鞄に仕舞って歩き出す。
(了)