SFなら鮎川哲也賞に応募するのが吉
安易な内容では下読みで落とされる
今回はSFに関して述べる。現在、SFは全く売れていないので、SFと見ただけで内容の出来不出来に無関係に一次選考で落とされる(ライトノベルを除く)。
私の学生時代はSFの全盛期で、雑誌『SFマガジン』は公称50万部と言われ、『SF宝石』『SFアドベンチャー』というライバル誌なども出た。
しかし、SFが徐々に哲学化して難解な路線を辿り初めたことから急速な読者離れが起き、『SFマガジン』は、一説には、売れ行きが100分の1にまで落ち込んだと言われ、『SF宝石』と『SFアドベンチャー』に至っては廃刊に追い込まれた。
大人向けのビッグ・タイトル新人賞だと、SFで唯一、可能性があるのは、本格トリックを盛り込んだ本格ミステリーを求める鮎川哲也賞だけである。
どうしてもSFでビッグ・タイトルの新人賞を狙うアマチュアは鮎川哲也賞受賞作のSFの全部を読むことが必須である。
それも、時代が新しいものから順番に。なぜなら、特に本格ミステリーは「トリックや根幹アイディアに前例がある」応募作は全て予選で撥ねられるからだ。
最新の受賞作は、前回までの受賞作を読んで「トリックや根幹アイディアがバッティングしていないか」を念頭に置いて執筆したに決まっている。
通信添削の生徒から、以下のようなプロットが送られてきた。
「2050年の秋田県が舞台。主人公はゲームのデバッガー。未来のゲームは体感型が主流。そのデバッグ作業は、時に死の危険すらある仕事だ。そのため、一攫千金を狙う荒くれ者か、スターゲーマーになれなかった落ち零れが職に就く。
最近あちこちのゲームでデバッガーが死ぬ事故が起きている。特徴点はゲームのシステムを作った会社が共通していること。
主人公はある日、その会社のゲームをデバッグすることになる。そのゲーム世界で、ふしぎな体験をする。ゲームのシナリオにない女神が現れ、主人公に警告を発する。
不審に思った主人公が調べると、どうやら連続デバッガー死亡事故の裏には、当該会社がつくったAIが関与しているようだ。人を殺すAIを搭載したゲームが市場に出回れば大変な事態になる。主人公は真相を探るために乗り込む」
これが他の新人賞であれば「あ、これはSFか」で、早々に落とされる。
鮎川哲也賞だと応募作品数が150編前後と少ない上、下読み選者も「この応募作には、どんな本格トリックが盛り込まれているか?」という期待値を持って読んでくれるので、多少は立ち上がりが遅くても、課題の密室殺人事件が起きるまで待ってくれる。
このプロットであれば「連続デバッガー死亡事故」は「連続密室殺人事件」でなければならない。しかも「前例のない」が必須要件。
『屍人荘の殺人』などはスタートが「平凡な学園物」の雰囲気なので、他の新人賞であれば冒頭で落選にされた可能性が高い。
一般的に、一次選考は40×40フォーマットの冒頭の三枚で、落選にするか、二次選考に上げるかを判定する(当落の心証を持つ)。
その間に目新しいアイディアや展開がないと、その先は読んでもらえないか、読んでもらえるとしても、斜めの飛ばし読みになる。
下読み選者が、このモードに入ったら、そこから挽回するのは極めて難しい。
そこにポイントを置いて『屍人荘の殺人』は読んでもらいたい。
そこで「3人に絞り込むように」と指示して添削し、松本清張賞に再応募、見事に射止めた。
プロフィール
若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。