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第20回「小説でもどうぞ」最優秀賞 あくなき探求心 渡辺清夏

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第20回結果発表
課 題

お仕事

※応募数276編
あくなき探求心 
渡辺清夏

 私は生まれながらの研究者である。あらゆる事象を観察し、実験、考察を重ね、日々研究している。目下の研究テーマは『反復動作による効果的な運動機能向上』である。
 本日最初に取り組むのは、既存の工業製品の検証だ。この製品は取り出し方そのものに物理現象が利用され、大変創意工夫に溢れている。一枚取り出すと、次のものがまた同じ姿でひらりと現れる仕組みは視覚的にも美しく、完成された機能美を持つ製品だ。肌当たりの優しさを追求されているおかげで、破かぬように丁寧に扱う必要が生じ、繊細な手指の動作制御を育むことができる。実に素晴らしい。何度でも取り組みたい検証課題である。
 そして次なる検証は粒子形態の自然物だ。粒状ということもあり、さらさらと手に当たる感触は大変心地よい。だがいざ握ろうとすると、掌からこぼれ落ち、なかなかに困難な課題であることが確認できた。しかしながら握力強化には最適だろう。習熟度合が増すと両手を椀形にして掬い上げる運動へと発展させることが可能だ。これは腕、ひいては肩の筋力強化にも繋がるであろう。
 本日はなかなかに有意義な反復動作を検証することができた。本研究所の管理者たる、あのお方をお呼びしてご覧になっていただく必要があるだろう。
「マァマ、アバァ!」(母上殿。こちらへ!)
「はいはーい。こうちゃんどうしたの? ずっと静かに遊んでてえらかったねぇって……うわぁ! ティッシュの海が……なんてこった」
「マァマ、アー! アー!」(母上殿、あちらもご覧になるとよい)
「キッチン? そっちは危ないからだめよ。まさか……キャー! お米がぶちまけられてる! これ全部片付けるの、気が遠くなるよ。もうママ泣きそう」
「メー! メー!」(なに、片付けには及ばない。この凹凸感は足裏の刺激にもなる)
「イヤー! 踏まないでー! もう私一人じゃ無理だ。パパー! パパー! ちょっと来て!」
「どうした? うおっ! これは派手にやったな」
「パァパ、ダー! ダー!」(父上殿までいらしたか。そうであろう。本日の検証はこれまでの集大成である)
「なんか君、得意気だな。よし、写真撮っておこう。こうちゃん、そこに立って。これでよし。大きくなったら見せてやろう」
「パァパ、アート」(さすが父上殿。記録は今後の検証にも有益だ。かたじけない)
「よし、じゃないよ。パパ、片付けるの手伝って!」
「はいはい。それにしても赤ちゃんっていうのは不思議だな。一見やっかいなただの悪戯に思えるけど、これが好奇心や自立心の発達につながるんだからね。モンテッソーリ教育ではそういうのを“お仕事”と呼ぶらしいよ」
「さすがパパ。この惨状から学術的解説ありがとう」
「皮肉屋だな。君、ちょっと疲れてるんじゃない? ゆっくりお風呂でも入ってリラックスしてきなよ。ここは片付けておくから」
「本当? ありがとう」
「マァマ! フー、フー」(母上殿、待たれよ。風呂場ならぜひご一緒させていただきたい)
「こうちゃん、一緒に入りたいの? リラックスへの道は遠い」
「こうちゃん、洗ったら呼んでよ。受け取ってあげるから。その後、ゆっくり温まれば」
 実は浴室には兼ねてより検証したかった工業製品があるのだ。
「ママが洗っている間、こうちゃんはここに座っていてね」
 バスチェアか。母上殿はいつもこれに座らせたがるが、無用の長物であるが故、脱出を試みる。
 時間も有限のため、さっそく液体定量吐出装置の操作に移ろう。一通り試行した結果、一際芸術的なフォルムで桃色の装置が、掌に一番心地よい反発力を与えた。素晴らしい。こちらを検証しよう。ほう、何度押してもまた同じ高さに戻る仕組みか。
「猛烈にクレンジングオイルの匂いがするんだけど、こうちゃん、まさか」
「マァマ、オッオー!」(母上殿、洗髪が終わられたか)
「キャー! それ高いやつ!」
「なんか悲鳴が聞こえたけど、大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ。髪の毛洗っているすきに、こうちゃんにクレンジングオイルをプッシュ出し尽くされた」
「ああ、母の日に買ったやつね。え、君泣いているの? また今度買ってきてあげるから」
「うう。でも高い。もったいない」
「まあ勉強代ってことだね。触ってほしくないものは手の届く範囲に置いてはいけない時期になったんだな。僕の同僚はパソコンを壊されたそうだよ。それよりマシだろう」
 なんと。電子機器を検証している同輩もいるのか。私もさらなる精進が必要だな。うむ。
(了)