第20回「小説でもどうぞ」佳作 改変されたプロット ゆうぞう
第20回結果発表
課 題
お仕事
※応募数276編
改変されたプロット
ゆうぞう
ゆうぞう
俺は三十四歳。俺にとって、「お仕事は何ですか?」という質問ほどつらいものはない。「コンビニの店員です」と答えると、相手の表情が、好奇心から同情に変わるのが瞬時に見て取れる。
十年前、「流星ミステリー新人賞」の二次選考に残ったとき、流星社の編集部員の野中が電話をくれて、「将来性があるから、私が担当になります」と言った。作家になれるのは間近だと思ったが、錯覚だった。今や野中は編集長にまで出世したが、俺は十年間、二次選考止まりが続いている。
その編集長から電話があった。ミステリー作家の大御所である大平喜三郎が高齢のため、作品を書くのに困っている、手伝わないか、という話だった。
早い話が、ゴーストライターだ。俺が返事をためらっていると、報酬は固定給で払う、コンビニは辞めなさい、直接大平さんに作品を見てもらえる、と畳みかけられて、俺は承諾した。
編集長に言われて、大平さんの文体を身に付けるため、彼の本を毎日八時間模写した。
一か月後、編集長に呼ばれて、大平さんの自宅に行った。大平さんは人嫌いの性格のため、郊外の駅から歩いて二十分の閑静な地の広い屋敷に一人で住んでいる。午前中にお手伝いさんが来て、掃除と洗濯を済ませ、昼食と夕食を一度に作って帰って行くという生活だそうだ。門から玄関ドアまでかなりの距離があるので、いつも玄関ドアには鍵をかけていない。
大平さんは言った。アイディアはまだ出てくるのだが、プロットができないし、毎日原稿を書き続ける体力もない。だから、自分のアイディアをもとにして、プロットを作ってくれ、それを二人で固めよう。そのあとは自分の文体に似せて原稿を仕上げてほしい、と。
いざ本が完成すると、面白いように売れた。書評で、自分の書いたものが激賞されているのを見るのはこの上ない喜びだった。
しかし、その生活も三年続くと、またあの質問が俺を苦しめた。「お仕事は何ですか?」と言われて、「ゴーストライターです」なんて言えるわけがない。恋人も去って行った。
やはり、本物の作家になりたい。その思いを抑えることはできなかった。大平さんのアドバイスで自分の力が伸びている実感はあるのだが、アイディアが降りてこない。
一計を案じた。大平さんが出したアイディアの中で使いたいやつを、その場でけなしてボツにして、それをストックしておくのだ。
こうしてできあがった「セイレーンの歌声」と題した作品を、自信満々で、「流星ミステリー新人賞」に応募した。すると、今回は最終候補に残ったと編集長から連絡があった。
いよいよ、受賞は目前だと胸が高鳴った。
発表の日の午後、たまたま大平さんの家で打ち合わせをしていたとき、編集部員の二上からスマホに連絡があった。
「小栗さん、残念でした。受賞作と『サイレーンの歌声』が最後まで争ったんですが、選考委員の三木さんが頑強にこう言ったんです。『この文体は大平喜三郎にそっくりだ。大平は二人は要らない』」
それを聞いて俺は愕然とした。大平さんに事の次第を話すと、彼は哄笑した。
「そうか、残念だったね。実は、三木にね、君を落とすように頼んでおいたのさ。ゴーストライターがいなくなっては困るからね」
いきり立つ俺に、大平は続けた。
「おいおい、落ち着けよ。そもそも、『サイレーンの歌声』のアイディアは、私から盗んだものじゃないか。まさか、忘れたとは言わせないよ。自分で蒔いた種だから、諦めることだね」
望みは絶たれた。「お仕事は何ですか?」という質問に怯える日々がまだ続くのか。もうこれ以上は耐えられない。
そうだ。大平を殺せばいい。そうすれば、俺が本物の作家になれる。そう思った俺は、「お茶を淹れてきます」と、台所に向かった。
プロットを組み立てた。大平を刺し殺し、物盗りの犯行に見せかけるんだ。俺が午後のこの時間に来たことは誰も知らない。また、動機も大平以外にはわからない。玄関の鍵はいつもかかっていないから誰でも侵入できるし、この辺りは人家もまばらなので目撃される危険性もない。
台所用のビニール手袋をはめ、包丁を後ろ手にして、書斎のドアを勢いよく開けた。
「よう!」
いつの間にかやってきていた編集長の顔を見て、俺は床に膝をつきそうになった。
プロットが崩れてしまった……。
呆然とする俺に、編集長は満面の笑みを見せた。
「喜べ。『サイレーンの歌声』も受賞作と同時に出版するぞ。最後まで受賞を争ったのだから、話題性は十分ある。売れるぞ、きっと」
(了)