第20回「小説でもどうぞ」選外佳作 ドダヨ企画 Y助
第20回結果発表
課 題
お仕事
※応募数276編
選外佳作
ドダヨ企画 Y助
ドダヨ企画 Y助
たった二分の面接で、採用が決まった。
ドダヨ企画。少し変わった名前の、小さな会社だ。学歴不問・高給優遇の求人文句に誘われて応募した結果のことだった。
しかし、仕事内容も勤務時間も、なにも説明されぬままの採用。教えられたのは、決して高給とは言えない給料に関することだけ。
不安を感じるには十分な状態だったが、翌朝には再び、雑居ビルの階段を上ってドダヨ企画のドアを開けていた。
室内には、冴えない数人の老若男女が、うつむき加減でパイプ椅子に腰かけていた。
一応、会釈をして見せたのだが、なんの反応も返ってこない。いったい、どう振る舞えばいいのやら。戸惑いながら待つこと数分。奥の部屋から二人の男が現れた。
一人は、昨日面接をしてくれた初老の男。もう一人は、育ちの良さそうな中年の紳士。ドダヨ企画の社長と称する人だった。
「それでは、本日分を配ります」
そう言いながら、初老の男が、一人一人に小さな鞄と一枚の紙片を配り始めた。
ハガキ大の紙片の表面には、大きな文字で『指示書』と書いてある。裏に記された小さな文字は、仕事の内容とその手順だろうか。僕はそれをちゃんと読むため、文面に視線を落とした。
しかし、他の人たちは、鞄と紙片を受け取ると早々に部屋を出て行く。なんだかそうしないといけないような、そんな雰囲気だ。
仕方なく僕も社長の笑顔に見送られて部屋を出ると、足早に人気のないところまで移動。改めて、受け取った指示書に目を通して見る……。
と、これが仕事なのかと、疑いたくなるようなことが書いてあった。
しかし、今さら戻って確かめるのも気が引ける。ならば、それに従うよりほかに道はない。そう腹を括り、僕は仕事を開始した。
まず、最初の指示……。好きなところからバスに乗り、四番目の停留所で下車。歩道に落ちている石を三個、脇の方へと撤去せよ。と、書いてある。
次の指示……。適当に歩き、最初に出会った老人と話を合わせ、五分ほど世間話。
その次は……、公園を探し、滑り台と、ブランコ、そして砂場の掃除。終わり次第、近くのコンビニでお弁当を二つ購入。公園へと戻り、そのお弁当をベンチの上に置いて……、立ち去れ???
簡単な作業ばかりだが、その意図が分からない。しかし、掃除道具や買い物用のお金などは、渡された鞄の中にちゃんと用意されていたのだから、きっとなにか意味のあることなのだろう。
その後、いくつかの指示をかたづけ、夕方、暗くなる前に帰社。日報などの作成も求められず、鞄を返し、帰宅した。
いったい僕は、なにをしているのだろう。
不安を抱えたまま、一か月が過ぎた。それでもちゃんと、給料が振り込まれていることに安心した僕は、その後も指示書に従い、なんとなく毎日、働き続けている。
「社長。いつまでこんなこと、続けるつもりですか?」
ドダヨ企画の一室。初老の男の問いかけに、社長は頷くだけで、答えようとはしない。
「いくら使いきれないほどの財産があるからって……。これではただの道楽だ。私には無駄遣いとしか思えないのですが」
初老の男にそう言い寄られた社長。仕方ないといった様子で指示書を書く手を止め、話し始めた。
たとえば……。孤独を抱えた老人が見知らぬ人に声をかけられ、世間話をする。たったそれだけのことで、その日一日を楽しく過ごせるかもしれない。
たとえば……。歩道に転がっている石。その石につまずいて、怪我をしてしまうはずだった子供が、無傷で元気に、次の日も学校に行けるのかもしれない。
「そう考えると、私のやっていることは決して道楽なんかではないと思うのだが」
そう反論されても、まだなにか言いたげな初老の男。察した社長は、さらに言葉を続ける。
利益のみを追いかける一流企業の社員。後世に残るような高層ビルを建てる建設現場の作業員。どれもみんな立派な仕事だ。
しかし、一見、無意味な仕事でも、巡り巡って、『ドコカ』で『ダレカ』の『ヨロコビ』となる。そんな仕事をする会社。頭文字をとってドダヨ企画。
確かに、誰からも報酬はもらえない。社員の給料は、全額自腹を切っての支払いだ。
「それでも、有意義な仕事だと、私は確信している。それに……仕事って、本来そういうものではないだろうか」
そう言い終えた社長は再びペンを取り、楽しそうに、指示書の続きを書き始めた。
(了)