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第7回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 声神様 齊藤想

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第7回結果発表
課 題

神さま

※応募数293編
 声神様 
齊藤想

 人間はなんと愚かな生物なのか、と悪魔は呆れていた。なにしろ、神様をかたどっただけの石の塊や木の切れ端を拝み、願いをかけ、あげくの果てに乏しい懐から金銭まで供えている。
 人間どもなら簡単に騙せる。
 悪魔は面白がって、こっそりと、村人たちが拝んでいる石仏の中に入り込んだ。
 しばらくして、貧しい身なりの老人がやってきた。ぼろきれのような手拭いをとると、その中からひび割れた顔がでてきた。
「神様おねげえします。おらが村に雨をふらしてくんろ」
 老人は、一文銭を石仏の前においた。
 悪魔は吹き出しそうになった。この一文銭だって、そのうち誰かの懐に入る。貧しいのに、わざわざ赤の他人にネコババさせているようなものだ。
 悪魔は、老人を吹き飛ばす勢いで叫んだ。
「神様に金は不要だあぁ。天国でお金が使えると思うかぁ、このボケナス野郎」
「で、でたぁ」
 妖怪かと思ったのか、老人は這いつくばるようにして逃げていった。その様子が面白くて、悪魔は村中に高笑いを響かせた。
 これで村人が石仏を拝むことはなくなるだろう。そう思っていたのに、翌日になると村人たちが集まってきた。話がどう伝わったのかは分からないが「タダで願いを叶えてくれる神様」として認知されてしまったらしい。
 具合の悪いことに、あの村人を叱ったあとで急に雨が降り出した。もちろん、ただの偶然なのだが。
 小柄な老婆が、石仏の前で額を土にめり込ますような土下座をした。
「なあ、声神様。なんとか今年の年貢を下げてくれよう頼みます」
 “声神様”という名前まで付けられてしまった。悪魔は石仏の中で苦笑いをした。
 老婆に続いて、村人が代わるがわる訴えてくる。
「あの殿様は村人から年貢を搾り取り、江戸で贅沢することしか考えていない」
「いくらお願いしても、野盗を退治してくれない。これでは村は貧しくなる一方だ」
「今年の作柄では、おれたちは首をくくるしかない。声神様だけが頼りだ」
 ふむふむ、なるほど。だが、おれは悪魔だ。人間を苦しめて地獄に落とすのが仕事だ。人間をどれだけ地獄に落としたかで、悪魔の格が決まる。
 頼みごとをしてくるということは、おれの言うことを聞くということだ。つまり、村人全員を地獄に落とすチャンスだ。
 悪魔としての腕が鳴る。
 悪魔は少し考えると、村人たちが待ち望んでいた声を発した。
「老いも若きも武器をとれ。刀がないものはクワをとれ。クワもないものは石を持て。いまこそ立ち上がるのだ!」
 ああ、声神様、という声が聞こえてくる。
 群衆の中から、若者が立ち上がった。
「いま声神様のお告げが出た。自分たちの道は、自分たちで切り開くのだ」
 村人たちが、歓声とともに一斉にこぶしを突き上げた。
 悪魔はほくそ笑んだ。これで村人たちは一揆を起こすだろう。武士との戦いで、村人は大勢死ぬ。生き残った村人も、人殺しとして地獄に落ちる。
 これは見ものだ。もうしばらく声神として石仏に留まろう。地獄に帰るのは、もう少し後でよい。地獄で村人たちと再会するのが楽しみだ。
 悪魔は、石仏の中でほくそ笑んだ。
 季節がいくつも過ぎ去った。村人たちの姿もすっかりと消えた。
 村人は死に絶えたようだ。そろそろ地獄に戻ろうかと思っていた矢先に、老婆がおはぎをもってやってきた。
「これもすべて声神さまのおかげです。どうぞ、お食べください」
 一揆はどうなったのか。不思議に思っていると、老婆は話し続けた。
「声神様はすべてお見通しだったのですね。村には刀は一本もありません。そこへクワを持て、石を持てです。これは新しい土地を開墾せよとのお告げだと理解し、みんなで荒地に移住しました。農民の一番の武器は、田畑を耕す農具ですからね。いまでは新しい村も立派に成長し、新しい殿様の下で幸せに暮らしております。ありがとうございます」
 悪魔は開いた口が塞がらなかった。老婆は持参したおはぎを石仏の前に置くと、優しい顔になった。
「この小豆は、新しい村の特産なんですよ」
 黒々とした小豆が、陽の光を浴びて輝いている。
 このおはぎを食べたい。悪魔は心からそう思った。
(了)