第7回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 娘と父 瀬島純樹
第7回結果発表
課 題
神さま
※応募数293編
娘と父
瀬島純樹
瀬島純樹
神様におすがりして、ようやく授かった大切な娘です。子供の頃から大きな病気にもかからず、すくすくと育ってくれました。
その娘にこの工場を任せたときは、心底ほっとしました。苦労してきた甲斐があったと。
ですから、これからは娘の思うとおりにやってくれればいい、なんの遠慮もいらない、思う存分にすればいいと思っていました。
しかも、娘が「父さんから受け継いだこの工場を、すごい会社にして見せるから」と臆せず言い放ったときには、その意気込みにふるえがくるくらい嬉しいと感じました。
しかし、それもつかの間、最初に娘が、いいえ、新社長が取り掛かった仕事というのは、工場の敷地内にあるお
もう冗談ではなく、腰が抜けました。
社長は、事前準備を進めていたようで、神主様にお願いして、祭典をしていただいて、丁重に神様にお帰りいただいたようです。
社長は従業員を集めて、その理由を言ったようです。
個人の信心は尊重します。ただ商売となると話は違います。神様にすがりつくというやり方は、どうなのだろうかと以前から思っていました。ですから、わたしが社長になったいま、神様にはお帰りいただきました。
これから我が社は神頼みではなく、社員全員の総力で新しいことに挑戦し、お客様に信頼され、世界に誇れる製品を創りあげていきたいと。
ご先祖様が残してくれていた神様とのご縁です。わたしは、困ったことや、迷うようなことがあれば、手を合わせていました。ありがたく感謝こそすれ、疑問など持ったこともありません。
こちらの都合で始末するなんて、いくら丁寧にしたからといっても、神様をないがしろにしてはいないでしょうか。
しかし、一度、新しい社長にバトンタッチしたのですから、ここはぐっと我慢しました。
たしかに、これからの世の中、新しいことに取り組むからには、そのくらいの覚悟でやり抜かないと競争に負けてしまうだろうと思い直しました。
次は社長、なにを企んでいるかと思ったら、なんと、こんどは海外進出だというから、思わずうなりました。
実を言うと、わたしもひとむかし前に、そんな夢を見たことがありました。ただ、そのために、今までのお取引先をないがしろにはできないし、仮にそれを維持していくにしても、先立つ資金というものがありません。となれば借金しなければなりません。ただ、神棚の書付に先祖伝来の家訓として、借金と保証人はあいならぬとあって、それを破ることはためらわれ、考えたすえにあきらめました。
ところが、社長は、以前勤めていた会社のつてもあって、いきなり海外のバイヤーの集まる海外の見本市に、何の迷いもなく、出かけて行きました。
わたしからみれば、手品みたいに、あれよという間に海外との道をつけます。この人にはいったいどんな神様がついているのだろうかとそら恐ろしくなりました。
しかも、
その後は、間髪入れず、さっそく従業員の募集を始めました。せっかちはわたしと同じです。
さらに、その従業員を、外国から呼び寄せるっていうのですからびっくりです。宗教も、神様も違う人間と一緒に、同じ釜の飯を食おうというのですから。
もっとたまげたのは、外国から来た従業員たちの福利厚生のために、結構な礼拝堂を建てたことです。これには開いた口が塞がりませんでした。
ことほどさように、社長には驚かされたり、感心させられたりでしたが、今日は久しぶりに見舞いに来てくれました。
社長が先生と熱心に話をしているのは分かりました。今日は、どうやら社運を賭けた新製品をテストするようです。
じきに点滴から伝わってきた新薬の心地よさといったらなかった。さすがにうちの製品は品質がいい。効き目はすぐに分かりました。ほんとにイチコロでした。
最後になって、社長の、あの子の涙を見ました。薬剤の調整を間違えた悔し涙です。
でも、わたしは感謝していますよ。ずっと目を閉じて機器に見守られて、ながらく神様の見習いをしておりましたが、ようやく卒業できます。そのうち、そうですね、うちの礼拝堂で、あの子にこっそり告げてやります。神業の配合を。
(了)