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第7回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 テレビの神さま 伊丹秦ノ助

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第7回結果発表
課 題

神さま

※応募数293編
 テレビの神さま 
伊丹秦ノ助

「犯人は……」
 刑事ドラマで真相が明かされそうになる、まさにその瞬間、突然テレビ画面が切り換わった。真っ白い世界で、一人のふとった少年が胡坐あぐらをかいて、ポテチをばりぼり食べている。
 なんだこれは? 放送事故か? 畜生、今いいとこだったのに!
 俺は空っぽのビール缶を握りつぶし、ソファから立ち上がってテレビを叩こうとした。
「そういうことしちゃ、いかんよ」
 少年がこちらを向いて言った。ぽってりした真っ赤な頬に、海苔塩が付いている。
 気のせいだよな? まさか、テレビが俺に語り掛けてくるなんて、そんなことは。
「いいや、そこの君に言っている。タンクトップにビール腹の、いかにもうだつの上がらなそうな、そう、そこの君だ」
 どうやら俺のことらしい。馬鹿な、ありえない! しかし、少年は続けてこういった。
「自分の思い通りにならないから、ものに当たり散らす。そんな幼稚な真似はよしたまえ」
「俺に言っているのか」
「君以外に誰がいるというのかね」
 少年は自分の腹を撫でまわして笑った。
 意思疎通できてしまった。ここ最近の激務のせいか、俺は頭が変になったらしい。それもかなりの重症だ、お気に入りのドラマさえまともに集中して観ることもできないほどの。
「まあ、そう悲観することもあるまい」
 少年はその見た目に似合わぬ尊大な態度と口ぶりで、俺の心を見透かしたように言う。
「僕はね、テレビの神さまなんだ。テレビを愛し、テレビに愛された者の前にだけ現れる」
「そんな神さまの話、聞いたこともないね」
「そうだろうとも。僕は滅多に姿を現さないからな。つまり君はかなりのラッキーボーイというわけだ。誇りに思うべきだよ」
 どうしたらこの幻覚を振り払えるだろうか。
「それで、テレビの神さまとやらが、いったい俺になんの用だ」
 すると少年はまたひとつポテチを口の中に放り込んで、ふふんと鼻を鳴らした。
「君の願いを一つ叶えてやろうと思ってね」
「願い?」
「ああ。僕はテレビの神さまだから、テレビに関することならなんでも願いを叶えてやれる」
「なら、今すぐそこをどいてくれ。さっきまで観ていたドラマの続きが観たいんだ」
 少年はもぐつかせていた口の動きを止め、じっと俺の顔を覗き込んだ。それから、
「断る」
 そう言ってまたポテチを食べ始めた。
「なんでも叶えるって言ったじゃないか」
「今地上波に切り換えたってもう遅い。あのドラマの放送時間なら二分前に終了している」
「自分をBSみたいに言うな」
「お、テレビジョークか? 気に入ったぞ」
 少年は楽しそうに自分の腹を叩いた。
「何かほかに願いはないのか」
「そう急に言われてもな」
「欲のない男だな。僕の力を使えばなんだってできるんだぞ。君の好きな刑事ドラマを君だけが独占して観られるチャンネルを開設するとか、日本で配給される見込みのない激レア作品を観たいだとか。好きな女の子の生活を二十四時間監視することだってできる」
「話が犯罪性を帯びてきたな」
「さあ、願いを言いたまえ!」
「そうだなあ……」
 どうせ、幻覚なのだから。
「こう見えて俺はテレビドラマの脚本家なんだ。今、並行して五本のドラマ脚本を執筆しているところなんだが、正直スランプ気味でね……。もしお前が本当にテレビの神さまなら、俺に売れるドラマのアイデアをくれ」
 我が意を得たりとばかりに満足げな笑みを浮かべる少年を見て、俺はようやく合点がいった。神さまがなぜ俺の前に現れたのか。俺が売れっ子脚本家だからだ。昨今の若者のテレビ離れを俺に解決してもらう魂胆だ。
 その後小一時間ほどかけて、俺は少年から授かったアイデアをノートに書き留めた。どれも俺がかつて聞いたことも考えたこともない魅力的な内容で、少なくとも連続ドラマ二十本分の脚本には困らずに済みそうだった。
 少年はこれで全てだと言うと、
「それじゃ、君の今後の活躍に期待しよう」
 さっと手を振った。たちまち画面はいつもドラマの延長で見るニュース番組に戻った。
 そういえば、と声がして、画面右側が歪む。暖簾のれんを押し分けるようにして少年が再び顔を出した。そんなこともできるのか。
「ちなみにさっきのドラマだが、犯人は美容院の受付嬢だ。つまらないオチだよなあ。捻りがないんだよ、最近の刑事モノは」
 それだけ言うと、テレビの神さまは再びニュース番組の裏側に引っ込んでしまった。
「ネタバレすんなよ!」
 俺はそう叫んで空き缶を投げつけた。が、確かにつまらないオチだった。
(了)