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第7回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 かみのとう 昂機

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第7回結果発表
課 題

神さま

※応募数293編
選外佳作
 かみのとう 昂機

 その頃、神はちょっぴり不安定だった。「どうせ私のことなんてもう信仰してないんでしょ」と泣いてヤバめの洪水を起こした。「どうせ都合のいい奇蹟が目当てなんでしょ」と暴れて地殻変動を起こした。民はその度に神を慰め、励まし、陽気な踊りを踊って自らをエンタメにした。神のためならなんだってするつもりだった。
「私のことが好きなら、今すぐ会いに来て」
 けれどもこれだけは、なかなかできない相談だった。なぜなら神は、空よりもうんと先、月にその身を腰掛けておはしますからだ。
「大きな塔を作ろう」
 民の一人が提案した。神が来いと言うのだから、たとえ不可能であってもやるしかない。
「いや、だめだ。大昔に同じようなことをして、失敗したと書いてある」
 古い書物を片手に、別の民が言った。第一、立派な塔が作れるほどの資材はない。代わりに、知識の詰まった書物ならたくさんある。
「そうだ、背中に羽をつけて高く飛ぼう」「それも失敗したと書いてある」「やはり塔が」「だからだめだって」
 一人の痩せぎすの民が挙手をする。
「大きな投擲とうてき装置を作ろう。一気呵成かせいに神の元まで跳んでいくのだ」
 シンプルながらいい考えだった。何より書物にも前例がない。全員がもれなく賛成し、作業に取り掛かった。計算の末、材料はしなやかな若竹が採用された。木や金属ではだめなのだ。一ヶ月後、島一つを覆うほどの巨大な投擲装置が作られた。
 装置には発案者である痩せぎずの民が乗り込んだ。竹の薄皮でできたバスケットに乗り込み、今か今かとその時を待つ。すべての民によって、バスケットに取り付けられたロープが目一杯引っ張られる。ついに射出の時は来た。ロープが解放され、今なお伸び続ける若竹の成長エネルギーと伸縮性により勢いは加速、痩せぎすの民は月へと一気に跳ぶ……はずだった。しなり切った若竹が荷重に耐え切れず、途中でバキバキと折れた。折れて尖った先端部分に突き刺さり、痩せぎすの民は死んだ。書物に今回の事例が書き加えられた。
「体が神の元へ行けないのならば、心だけ向かうのはどうだろうか」
 明くる日、白髭を蓄えた民が言った。
「精神世界への扉を開く術を私は知っている。これを使って魂を不自由な体から解放させ、安全かつ幸福に神の元へと向かうのだ」
 なるほど、それはいい。民たちは喜んでその案を支持した。白髭はどこから採取してきたかも分からぬ大量の植物を持ってきた。
「これを磨り潰して吸うと、不思議な扉が開いてどこへでもハッピーに行けるのだ」
 言って実践してみせた。植物が潰れる度に漂うなんとも言えない臭気を、白髭は一気に鼻から吸いこんだ。
「おお、神が見えるぞ!」
 涎と鼻血を垂らし白髭は笑顔のまま死んだ。
 次の日、まんまるの民が手を挙げた。
「神の方からこちらに来てもらおう。月をこの地まで降ろせばいいのだ」
 なんたる逆転の発想か。続く失敗にしょげていた民たちは一気に活気づいた。罰当たりとの声も多かったが、もはやなりふり構っていられない。民たちは月までの距離を綿密に計算した。巨大な釣り竿と釣り針を作った。月への角度を導き出し、狂いなく竿を振りかぶった。針は見事、月に刺さった。
「きゃっ、危ない」
 月に腰掛けていた神は、反射で釣り針を蹴飛ばした。地上まで帰ってきた針が頭を貫通し、まんまるの民は死んだ。
「やはり塔を作るべきなのだ」
「まだ言ってんのかてめえ」
 塔をこしらえる材料がないと言っているのに。しかし塔びいきの民には秘策があった。
「我々には潤沢な資源があるではないか」
 と言って、書物を指差した。書物を分解し、星を覆うほどの大きな大きな一枚の紙を作る。それを四十二回折り曲げると、なんと月に届く塔が完成するのだ。それでいこう、と誰かが賛成した。問題が持ち上がった。紙を折り曲げるための装置が必要だった。力をかけても壊れないよう金属を加工せねばならなかった。決して尽きぬエネルギーが必要だった。装置が完成した頃には何百年も経っていた。そうして塔は完成した。神に到達する、紙の塔だった。塔を踏みしめ、期待を背負った若者の民はついに月まで辿り着く。月が小さく見えるほどの巨大な神は、そこに座っていた。「ちっとも待ってないわ。今ついたの」と言わんばかりの顔だった。
「ねえ、私のこと、まだちゃんと好き?」
 若者は祖先から伝わる指示書の通りにした。
「そんなこと、言わせちゃってごめん」
 言って、頬にキスをする。神ははにかんで、お返しのキスをした。神にとっては優しいキスだった。唇の凄まじい弾力で弾き飛ばされ、若者の民は潰れて死んだ。事例を書き加える書物はもうどこにもなかった。
(了)