第46回「小説でもどうぞ」佳作 人生が決まる時 川瀬えいみ


第46回結果発表
課 題
試験
※応募数347編

川瀬えいみ
人生が決まる試験。そう言われて、私は今日の日まで努力を続けてきた。
この試験に合格することが、我が一門の目標。この試験の合否が、私の人生だけでなく、一門の浮沈を決すると言っても過言ではない。私は、両親と共に、それこそ家族一丸となって、受験対策に取り組んできた。
試験は、筆記試験、体力測定、集団行動観察、個人面接がある。学習能力、運動能力、身体能力の他に、コミュニケーション能力、協調性、リーダーシップの有無等、ありとあらゆることが試される全人格的試験だ。
まさに、私のこれまでの人生が評価される試験。この試験に合格すれば、人生の成功が約束されるんだ。とはいっても、そうだな。その約束の確かさは七割程度のものだが。
世の中が変化していることは承知している。悲しいかな、私は明るい未来だけを信じて生きていられる時代に生まれなかった。高度経済成長もバブル景気も今は昔。現代は、古き良き時代とは違い、終身雇用は幻想。年功序列などという呑気なシステムもなくなった。そもそもどんな大企業も永遠に存在し続けることはできないんだ。
国の人口も減りつつある。私自身、常に健康でいられるとは限らない。自分の年金どころか、両親の年金だって、必ずもらえるという保障はない。何もかもが不確かな時代だ。
事故に遭うこともあるかもしれない。戦争に巻き込まれないとも限らない。戦争当事国にならなくても、他国の戦争の影響を受けることは大いにあり得るだろう。それほどにこの世界は頼りない。
いわゆる今時の若者たちは、そんな現実に希望を見い出せず、諦め悟った気になって虚無主義に傾倒していっているらしい。
そういう上昇志向を持たない人間が増えている事実は、だが、私には好都合以外の何物でもない。野心的な人間が激減している今こそ、同世代のライバルを出し抜く好機だ。
私は、「世の中に確かなものは何一つないのだから、頑張っても無駄。気楽に生きなさい」などと言って子どもを甘やかさない両親に恵まれた。早くから、スマホやゲームを買い与えられなかったのもよかったように思う。その分の金と時間を、習い事や体験学習につぎ込むことができたから。
私の両親は、健康にも気を配ってくれた。カップ麺やファストフードなんてもってのほか。私は標準体型を維持し、座学だけでなく運動にも励むよう指導された。
決して裕福なわけではなかったのに、両親は私をたびたび旅行にも連れていってくれた。机上で知識を詰め込むだけでなく、さまざまなことを体験させてくれたんだ。私はそれらの体験によって、共感力や感動力を養うことができたと思う。
私の両親の賢明さを何より明確に物語るのは、「一人の人間の人生を決める最も重要な試験は大学入学試験ではない」という真理を早くから理解し、その事実を私に説き続けたことだろう。Sランク大学に合格することで、人生の目標を達成したと思い込み、燃え尽きて、社会から脱落する利口馬鹿のなんと多いことか。いわゆる高学歴ニートという奴等は、当人より親の育て方の方に問題があったんだ。大学入試が最重要――多くの親が誤解している点だ。違う。そうじゃないんだ。人生にはもっと重要な試験がある。
この試験は失敗できない。やり直しはきかない。失敗すれば、私の人生が終わる。この試験で、私の人生が決まる。
試験当日、私は朝からがちがちに緊張していた。歩き方を忘れてしまいそうなほど。まるで初めて伝い歩きに挑もうとしている子どものように。
「試験に落ちても、死ぬわけじゃないのよ」と母が言うようになったのは三日前からだ。それまでは、「この試験で、あなたの人生が決まるのよ」と繰り返していたのに。
私が試験に失敗した時、絶望して自死することを危惧しているのかもしれない。ママは優しいなあ。
「そうとも。試験の結果はどうあれ、おまえのこれまでの努力が無駄になることはない。おまえがいてくれるだけで、私たちは嬉しいんだよ」とパパ。パパも優しい。
よくできた両親のために、私は勝つしかない。両親の期待を裏切ることはできない。
試験会場では、ライバルたちが皆、私より優秀に見えた。
合格者枠は四十名。受験者は五百名。競争率は十二倍強。ただし、受験者が期待レベルに達していない場合には、枠に満たなくても容赦なく不合格とし、二次募集をかける。真のライバルは他の受験者たちじゃない。自分自身だ。
私は、この勝負に必ず勝つ。これまで積み重ねてきた己の努力を信じて。
「次の方、どうぞ」
面接官は、眼鏡の奥に鋭い眼光を隠した四十路の男だった。
「椅子にかけてください」
「はいっ!」
面接室に入ると、私は瞬時に照明の位置を確かめた。そして、面接官に瞳が輝いて見える角度を素早く計算し、不自然でない程度に顔の角度を調整。姿勢、足の位置、手の位置も確認。
「受験番号六番の鈴木くんだね。あなたのお名前と年を教えてくれるかな?」
この幼稚園が掲げている運営理念は、『高い人間力の育成――自分が為すべき最も大切なことを選択し、実行する力を身につける』だ。大丈夫。私はこの幼稚園の理念にふさわしい子どもだ。
「ぼくのなまえはすずきゆうとです。せんげつ、よんさいになりました!」
元気に、初々しさを忘れず、きらきらの瞳で、私は面接官の質問に答えてみせた。
(了)