11.7更新 VOL.35 朝日新人文学賞、時代小説大賞、鮎川哲也賞、ほか 文芸公募百年史


今回は平成元年から平成2年にかけて創設された出版社系の文学賞について掘り下げていく。
朝日新人文学賞、小野正嗣、柳広司を発掘
平成元年(1989年)、朝日新聞社から総合誌「月刊ASAHI」が創刊され、これを記念して朝日新人文学賞が創設された。規定枚数は50枚~100枚、賞金は100万円だった。応募要項には「在来の小説の概念にとらわれない、斬新にして清新な、ストーリー性の高い作品を期待します」とあり、選考委員は井上ひさし、田辺聖子、藤沢周平、丸谷才一、吉行淳之介の5氏だった。藤沢周平さんだけ毛色が違う? 純文学色が強くならないようにしたのかもしれないが、このなんでもありの感じが多くの応募者を悩ませることになる。
実際、「エンタメの賞だと思って応募したけど純文系だったのかな」と言っていた作家もいたし、「なんかよくわからない賞だったよね」と言っている作家もいた。募集内容の「ストーリー性の高い作品」からするとエンタメだが、規定枚数100枚はエンタメには短い。しかし、選考委員の顔ぶれは純文系が多く、つまるところなんだかわからないというのが結論だった。
しかし、とにもかくにも応募が締め切られ、結果発表となった。応募総数はなんと2056編。天下の朝日新聞がプロの登龍門的文学賞を創設したと応募が殺到し、その中から魚住陽子が「奇術師の家」で第1回受賞者となった。魚住氏はその後、芥川賞候補に二度なるなど活躍したから、やはり朝日新人文学賞は純文系なんだとなり、応募者の見込みと選考する側の想定に齟齬があったのか、第2回以降は大型新人が出ず、やや迷走する。結局、第6回以降は規定を変更し、上限350枚(第9回以降は上限300枚)というエンタメの枚数に変更されている。
刷新された第6回(1995年)受賞者は中山可穂(受賞作は「天使の骨」)で、中山氏は2001年に山本周五郎賞を受賞するなど活躍した。山本周五郎賞だからエンタメ小説だ。第7回以降はまた有為の新人を発掘できず、長いトンネルに入った感じになるが、第12回(2001年)は当たり年で、以下の二人を発掘している。
小野正嗣「水に埋もれる墓」
柳広司「贋作『坊っちゃん』殺人事件」
この二人もまた対照的だ。
小野正嗣は、翌2002年に『にぎやかな湾に背負われた船』で三島由紀夫賞を受賞し、2015年には『九年前の祈り』で芥川賞を受賞している。作家でもあり、文学者でもある。
柳広司は『ジョーカー・ゲーム』シリーズで知られる作家で、2008年には同作で本屋大賞第3位にランクインし、2009年には吉川英治文学新人賞を受賞している。
この結果からすると純文学作家もエンタメ小説の書き手も発掘できたとなるが、第13回以降は虻蜂獲らずだったかもしれない。
朝日新人文学賞で受賞を逃した中に石田衣良、門井慶喜
朝日新人文学賞は、最終候補までいった中に二人、のちの大物作家がいる。
一人は、第8回(1997年)のときに最終選考まで残った石田衣良(応募作は「ぼくがホームレスになった日」)。
氏は1997年の女性誌「CREA」の占いに、「これから2年間、期日を切って何か真剣に自分の中のものを出して仕事をするとよい」と書かれていたのを読み、満を持して小説を書いた。
石田さんによると、1997年、公募ガイドを見て、日本ホラー小説大賞、朝日新人文学賞、小説現代新人賞、オール讀物推理小説新人賞、翌年、日本ファンタジーノベル大賞に応募し、日本ホラー小説大賞短編部門と朝日新人文学賞で最終選考まで残り、オール讀物推理小説新人賞で「池袋ウエストゲートパーク」で受賞するのだが、1年ちょっとの間に5作も書くなんて超人だ。
もう一人は、第14回(2003年)のときに最終選考まで行った門井慶喜(応募作は「過去の底の未来」)。門井慶喜さんも朝日新人文学賞に落選後、2003年にオール讀物推理小説新人賞を受賞するが、石田衣良さんとは違い、受賞するまでには苦難の道のりがあった。実は受賞する前の3年間、連続で最終選考までいきながら落選だった。これは相当ショックだったと思うが、このときの心境について、門井慶喜さんは公募ガイドの中でこう言っている。
「それは落ち込みますよ。そんなときに支えになったのは、毎朝同じ時間に机に向かって書き始めるという物理的な習慣ですね。へこんでいるときは書く気になれないものですが、だからこそ、気がついたら椅子に座って書いていたっていう習慣は一番強い。くよくよ考えて頭を働かす暇があったら体を動かせということですね」
時代小説大賞から乙川優三郎、松井今朝子が本格デビュー
翌平成2年(1990年)には、時代小説大賞が創設されている。同賞は朝日放送40周年を記念して公募されたもので、主催は講談社と朝日放送。放送局主催だから映像化のときにスポンサー料が入り、予算が潤沢にあるため、賞金は破格の1000万円だった。規定枚数は350枚~500枚。選考委員は津本陽、半村良、平岩弓枝、村松友視、尾崎秀樹の5氏だった。
この中で出世頭と言うと、以下の二人だろう。
第7回(1996年) 乙川優三郎「霧の橋」
第8回(1997年) 松井今朝子「仲蔵狂乱」
乙川優三郎は、1996年に『藪燕』で第76回オール讀物新人賞を、「霧の橋」で第7回時代小説大賞を受賞してデビュー(時代小説大賞はプロ、アマ不問)。2001年には『五年の梅』で第14回山本周五郎賞、翌2002年には『生きる』で第127回直木賞を受賞している。
松井今朝子は、朝日新人文学賞を受賞する前にデビューしていたが、同賞を受賞して躍進し、二度の直木賞候補を経て、2007年に『吉原手引草』で第137回直木賞を受賞している。
時代小説大賞は賞金1000万円が売りだったが、なかなか有為な新人を発掘できず、出版バブルが終わった1999年、第10回をもって公募を終了した。
ちなみに、2009年に創設される朝日時代小説大賞(賞金200万円)は名前が似ているのでよく混同されるが、こちらの主催者は朝日新聞社であり、時代小説大賞とは別の賞だ。こちらも時代小説専門の文学賞として期待されたが、第10回をもって終了している。
鮎川哲也賞の前身は、鮎川哲也と十三の謎「十三番目の椅子」公募
同じく平成2年(1990年)、現在も公募継続中の鮎川哲也賞が創設される。主催は東京創元社。規定枚数は350枚~600枚、賞金はなく「印税を支給」で、選考委員は鮎川哲也、紀田順一郎、中島河太郎の3氏だった。
鮎川哲也賞は本格推理、つまり謎解き中心の推理小説賞。よく勘違いされるが、本格推理とは本格的な長編小説ではなく、謎解きプロパーの小説だ。従って本格推理の短編小説もあり得る。
なぜ本格推理という言い方をするのか。明治から大正時代にかけて隆盛を誇った私小説に対し、大正末期に中村武羅夫が社会性のある客観的な小説を本格小説と呼んだが、これになぞらえ、トリックや謎解きを主眼とする小説を本格推理と呼称し、謎解きを主眼としない怪奇小説や今で言うファンタジーを変格推理と呼んだのが始まりだ。しかし、戦後はこの分類はされなくなり、今、本格推理の対義語は広義のミステリーだ。
ところで、鮎川哲也賞は創設されるまでに前段がある。第1回は平成2年(1990年)に始まるが、その2年前の昭和63年(1988年)、鮎川哲也監修で全13冊の書き下ろしミステリー叢書「鮎川哲也と十三の謎」の刊行が始まり、平成元年(1989年)、この第13巻を「十三番目の椅子」として一般公募し、新人に機会を与えることになった。受賞作は今邑彩「卍の殺人」(応募数55編)で、これ自体は単発の公募だったが、同賞を前身として翌平成2年(1990年)に創設されたのが第1回鮎川哲也賞だ。
鮎川哲也は公募によって人生が変わった一人でもある。同氏は昭和24年募集、翌25年発表の第4回『宝石』100万円懸賞コンクールの長篇部門で『ペトロフ事件』が第一席に入選したが、賞金未払いで揉め、出版デビューもできずにいた。そんなとき、昭和31年(1956年)、講談社が『書下ろし長篇探偵小説全集』を出版することになり、江戸川乱歩をはじめ、木々高太郎、島田一男、城昌幸、高木彬光、山田風太郎などの作品で第12巻まで出版するが、第13巻は公募することになり、その当選作こそが鮎川哲也の『黒いトランク』だったのだ。
こうした経緯があり、自分を世に出した公募により新たな新人を発掘すべく「鮎川哲也と十三の謎」の公募が始まり、鮎川哲也賞はこれを前身として創設されたというわけだ。
鮎川哲也賞は似鳥鶏、相沢沙呼、今村昌弘らを輩出
現在、推理小説のトリックは出尽くしたと言われており、新しいトリックを考案したら、それだけで新人賞を受賞できるという噂すらある。もちろん、出尽くしたのはトリックの原型であり、同種のトリックでも新しい家電ができればアレンジは可能なのだが、目新しいトリックを考えるのもなかなかしんどいものがある。
それでも応募者はなんとかトリックを考え、それがバレないように伏線を張りめぐらせるなど緻密に計算してストーリーを構築していくが、純文学のようにノープランで書いていくことはほぼ不可能なため、理科系的な頭脳でパズルのように論理的に謎を仕掛け、快刀乱麻を断つ謎解きをしなくてはならない。しかし、小説が書けて、かつ、論理的に考えれば必ず解けるような設問を考えられる人はそう多くない。
当然、応募数も少ない。鮎川哲也賞は応募数を公表していないので数は不明だが、多くはないだろう。そもそもミステリーは応募数が少なく、純文系の文藝賞は応募数2000編を超えるが、賞金1200万円の『このミステリーがすごい!』大賞ですら応募数は400編前後だから、本格推理の鮎川哲也賞となると100編前後かもしれない。それでもそうしたハードルを超えて受賞した作家は相当の地力がある。主な歴代受賞者を見てみよう。
第1回(1990年) 芦辺拓「殺人喜劇の13人」
第3回(1992年) 加納朋子「ななつのこ」
第4回(1993年) 近藤史恵「凍える島」
第16回(2006年) 佳作 似鳥鶏「理由(わけ)あって冬に出る」
第19回(2009年) 相沢沙呼「午前零時のサンドリヨン」
第22回(2012年) 青崎有吾「体育館の殺人」
第27回(2017年) 今村昌弘「屍人荘の殺人」
加納朋子は鮎川哲也賞を受賞後、平成7年(1995年)に「ガラスの麒麟」で第48回日本推理作家協会賞を受賞。闘病で書けない時期が続いたが、日常の謎を得意とする。ちなみに貫井徳郎の妻でもある。
この貫井徳郎もかつては鮎川哲也賞の応募者で、第4回のときに「慟哭」で落選したが、このとき、下読みをした北村薫が「落選しても出版したほうがいい」と推薦し、デビュー作となった。今、二人は師弟関係にあるが、こういう形での師事は珍しい。
話を受賞者に戻すと、近藤史恵は鮎川哲也賞でデビュー後、平成20年(2008年)、『サクリファイス』で第10回大藪春彦賞を受賞。本格推理以外も手掛ける息の長い作家だ。
似鳥鶏は鮎川哲也賞こそ佳作だったが、順調に人気作を発表し、2022年からはノベル大賞の選考委員を務めている。
相沢沙呼はミステリーのほか、ライトノベル、漫画原作も手掛け、2020年に『小説の神様』が映画化された。
最近の受賞作の中で話題となったのは今村昌弘「屍人荘の殺人」だろう。同作は神木隆之介、浜辺美波、中村倫也の共演で映画化もされている。
平成2年誕生のその他の文学賞、総まくり
最後に、平成2年(1990年)に開催された上記以外の賞をざっと見てみよう。
まずは、「少年ジャンプ創刊22周年記念 小説・ノンフィクション大賞」。同賞は『ジャンプノベル』発刊の際に新人発掘のために創設。規定枚数は100枚~200枚。賞金100万円で、選考委員は栗本薫と高橋三千綱だった。歴代受賞者の中には村山由佳(佳作)と乙一がいる。
当初は第1回と銘打ってはいなかったが、以降毎年開催され、第9回からノンフィクション部門をなくし、ジャンプ小説大賞と改称。第16回からは年3回募集のジャンプ小説新人賞として現在も続いている(2022年のあとに2025年開催)。また、2015年からはジャンプホラー小説大賞を創設し、集英社JUMPjBOOKSの2大小説賞となっている。
徳間書店の「徳間文庫10周年記念ノンフィクション募集」は、規定枚数50枚程度で、「旅立ち~世界へ未来へ」をテーマに募集。賞金300万円を掲げ、デーブ・スペクターと赤川次郎を選考委員としてノンフィクション作品を公募した。
祥伝社の「黒豹小説賞」は、門田泰明「黒豹」シリーズ400万部、祥伝社創立20周年を記念して単年度開催された。推理、冒険・アクション、恋愛、サスペンスなどジャンル不問、長編小説部門(320枚~400枚、賞金50万円)、短編部門(50枚~80枚、賞金30万円)で募集し、松岡弘一を発掘した。同氏は2019年以降、作詞家として活動している。
NTTの「電話100年記念 NTT
早川書房とFM富士主催の「ハヤカワ・ミステリ・コンテスト」は、「ミステリマガジン」を主戦場に公募され、第3回まで行われている。選考委員は都筑道夫、小池真理子ほか。規定枚数は30枚~80枚で、賞金は30万円。第1回受賞者は小熊文彦「天国は待つことができる」で、応募数は約230編だった。
短編のミステリーの賞は少ないので短命だったのは極めて残念だ。続いていれば、双葉社の小説推理新人賞、東京創元社の創元ミステリ短編賞と並ぶ三大短編新人賞となったのに。
余談ながら、創元ミステリ短編賞は第3回と歴史は浅いが、前身はミステリーズ!新人賞(19回開催)、そのまた前身は創元推理短編賞(10回開催)で、実は歴史がある。
これ以外にも、第1回フェリシモ大賞(童話)、第1回岩下俊作賞(岩下俊作文学賞選考委員会主催、西日本新聞後援)、第1回「文芸すたいらす」作品募集、第1回隗小説賞公募、第1回季刊誌「鶴」短編小説募集など小規模な投稿募集がいくつもあり、公募ガイドの誌面も賑やかだったが、実はこれら以外にも創設された文芸賞がまだまだある。それらについては次回、まとめて紹介する。
文芸公募百年史バックナンバー
VOL.35 朝日新人文学賞、時代小説大賞、鮎川哲也賞、ほか
VOL.34 坊ちゃん文学賞、日本ファンタジーノベル大賞、ほか
VOL.33 小説すばる新人賞、フェミナ賞、ほか
VOL.32 ウィングス小説大賞、パレットノベル大賞、ほか
VOL.31 早稲田文学新人賞、講談社一〇〇〇万円長編小説、ほか
VOL.30 潮賞、コバルト・ノベル大賞、サンリオ・ロマン大賞
VOL.29 海燕新人文学賞、サントリーミステリー大賞、ほか
VOL.28 星新一ショートショート・コンテスト、ほか
VOL.27 集英社1000万円懸賞、ほか
VOL.26 すばる文学賞、ほか、
VOL.25 小説新潮新人賞、ほか、
VOL.24 文藝賞、新潮新人賞、太宰治賞
VOL.23 オール讀物新人賞、小説現代新人賞
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