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第46回「小説でもどうぞ」選外佳作 最終面接 野地真裕

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小説
小説でもどうぞ
第46回結果発表
課 題

試験

※応募数347編
選外佳作 

最終面接 
野地真裕

 その企業の最終面接は、変わった形式が採用されていた。
 面接官との一対一のディベート。お題と立場は応募者が決めて良い。ただし、必ず負けなければならない。
「あなたがディベートに負けた段階で、合格とさせていただきます」
 多くの面接をこなしてきた青木も、さすがに首をひねった。
「それは、ずっと黙っていても良いのでしょうか?」
 面接官は五十代ほどの落ち着いた男性で、手元のスマートフォンをいじりながら青木の疑問に首を振った。
「明らかにわざと負けようとした場合、たとえば、沈黙したり関係のない話をしたりした場合、失格とさせていただきます」
「つまり、ディベートはディベートとして成り立たせつつ、上手く負けなければならない。そういうことでしょうか?」
「ご理解のとおりです」
 奇妙なルールだと思いながら、青木は与えられた一分で戦略を練ることにした。
 面接官はおそらく百戦錬磨だ。大企業の人事部長。ディベートの勝ち方は熟知しているだろうし、裏を返せば、負け方も熟知しているのだろう。まともにやれば「勝たせられてしまう」可能性はある。では、どうするか。
「それでは始めましょう。お題と立場を教えてください」
「はい。お題は『私は御社に入社すべきか?』にします。私は『入社すべき』の立場でお願いします」
 会心のアイデアだと青木は思った。もしディベートに勝てば「入社すべき」が証明できるし、負ければディベートに負ける条件をクリアして合格となる。つまり、論理的にはどう転んでも入社できるという戦略だ。
「では、私は『青木さんは入社すべきでない』という立場を取ります」
 落ち着いた笑みを浮かべながら、面接官はディベートを始めた。
「まず、青木さん。あなたの経歴は素晴らしいです。一流の大学を卒業される見込みで、データサイエンスの造詣も深く、英語も堪能です。論理的な思考ができ、それを押し付けがましくなく相手に伝える表現力もあります」
 やはり場馴れしているなと青木は身構えた。一度持ち上げてから落とすのは、面接の常套手段だ。
「だからこそ青木さん、あなたは弊社に入社すべきではありません。なぜなら、青木さんほどのポテンシャルなら、世界的なテックジャイアントでその力を存分に発揮させて然るべきだからです。弊社のようなしがない国内企業ではなく、世界に羽ばたくべきです」
 なるほど、その路線で来たかと青木は口角を上げた。入社面接において、「弊社でなくても良いのでは?」は定番の質問だ。当然、回答は用意している。
「そのような選択肢も考えました。ですが私が御社に惹かれたのは、テックジャイアントでは味わえない裁量の大きさとスピード感にあります。特に、入社直後からプロジェクトを任され、年次に関係なく結果を求められる文化に魅力を感じています」
「そうですか。しかし、スピード感があるということは、残業も多いということです。プロジェクトの進行が遅ければ休日出勤もあります。裁量制なので、仕事が遅い人の残業代を会社はカバーしてくれません。それでも青木さんは、弊社に入社すべきとお考えですか?」
「はい、私はそういったプレッシャーの中でこそ成長ができるタイプです。もちろん、プロジェクトに遅延が発生しないように先輩方に必死でついていく所存ですが、実力不足は若者の元気な労働力でカバーします」
「そうですか。しかし、入社直後からプロジェクトを任されるということは、先輩社員からの教育がないということでもあります」
「仮にそうだとしても、問題ございません。私は自ら進んで仕事を習得していくタイプです。周りの仕事ぶりを観察しながら、すぐに自走できるようになり、先輩方を追い抜いてみせます」
「なるほど。一方で、年次に関わらず結果を求められるのは、既存社員が使えないという背景も考えられます。青木さんのように優秀な人は、妬まれてパワハラの標的になるかもしれません。管理職に上がるまで弊社は全寮制ですから、標的になるとキツいのではないでしょうか?」
「社会に出てからは、理不尽と向き合う力も求められると思います。私は困難な状況ほど力を発揮するタイプですので、荒波に揉まれながら成長していけると思います」
「なるほど、よく分かりました」面接官は静かに笑った。
「青木さん、あなたは本当に素晴らしい。弊社がブラック企業だと十分にご理解いただいた上で、それでも一生懸命、入社への思いを訴えていただき、私は胸が熱くなりました」
「ありがとうございます。それで、どこまでがディベート用の仮定のお話だったのでしょうか?」
「仮定ですか? とんでもない、すべて事実です。近ごろは、入社してすぐに退職代行サービスで辞める新人が多いので、弊社のことをご理解いただいた上で、絶対に辞めないように言質を取って採用するようにと、社長からキツく言われているのです」
 面接官がスマートフォンを掲げると、録音機能が作動していた。
「すみません、辞退させてください」
 青木は椅子から立ち上がり、急いで部屋の出口に向かった。しかし、ドアノブは動かなかった。後ろからパチパチと拍手が聞こえた。
「本当に素晴らしい。青木さんはディベートで上手く負けるという条件も、見事に達成されました。文句なしで合格です」
 面接官の言葉に合わせて、拍手の数が二人、三人と増えていった。
「では、早速入寮の手続きに移りましょう。念のため、携帯をお預かりしてよろしいでしょうか?」
(了)