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【小説家志望のあなたへ】芥川賞作家・上田岳弘さんに聞く! 一番大切なのはペースを作ること&「状態としての作家」を目指す

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状態としての作家を目指せ!

「誰かに読ませようと思って書かない」という意気込みでデビュー作を書いたという上田岳弘さんに、小説、そして文章を書くコツを伺った。

完成度より書きたいもので新人賞デビュー

——芥川賞候補になって3回目、満を持しての受賞ですね。

これで獲れないとなかなかしんどいかなと緊張感がある回でした。僕は待つのがすごく苦手なので、もう待ちたくないなと。

——受賞作の反響はいかがですか。

「今までで一番読みやすい」と言われますね。どうすればより伝わるのかなということは考えていました。もっとも意識したのは固有名詞。作品世界のヒントになる現象や製品を全く知らなくても、ちゃんと読めるようにしようと思ったんです。仮想通貨を知らない人でも読める小説にと。

——主人公の元同僚、ニムロッドこと荷室仁は作家志望ですが、挫折してしまいます。このニムロッドが言った言葉として、「これから書くものは賞に応募しない。誰かに読ませようと思って書かない」という文章が出てきますが、これはご自身の実感ですか。

新潮新人賞に応募したときは、どうにでもなれというか、それくらいの心境で書いていましたね。でも、結局は応募したんですけどね(笑)。

——小説を書き始めたのはいつ?

大学時代です。ゼミの先輩や友達に小説を読んでもらう中で、文学賞というのがあるぞと教えてもらいました。子どもの頃から作家になりたかったのに、受け身の人間なので、ちゃんと考えていなかった。みんなどうやって作家になっているんだろうって(笑)。

——その後は新潮新人賞に応募?

投稿生活は、大学卒業前から卒業後にかけての2年間と、働き始めて30歳前後からの3、4年間でしたが、最初の2年は新潮には応募しなかった。自分に合っているだろうなと思ったけれど、これがダメだったらしんどいから「新潮はとっておこう」と(笑)。

ITを文学化しようという意思を見せた

——IT会社の役員だそうですね。このことは小説に生きていますか。

ソフトウェアメーカーなので、運用などはあまりしていませんが、雰囲気は生きていますね。「サーバーの音がする」という一文から始まりますが、業界の人があの冒頭を読めば、ITの風景を文学に落とし込もうとしていることが伝わると思った。ITを文学化することにはこだわりましたね。

——二足のわらじには、どんなメリットとデメリットが?

デメリットは時間的な制約があることと、マインドシェアの問題で、気になる案件があると、もうひとつの仕事に影響してしまう可能性があることですね。メリットは、一方の仕事がうまくいっていなくても、もう一方がうまくいっていれば精神的なバランスがとれること。会社の仕事時間が決まっていると、逆に書くペースが作りやすいとも言えます。

——小説家の夢に挫折した先輩のニムロッドや気まぐれな社長は、実在の人物がモデルでしょうか。

ニムロッドはある意味、自分自身だったりしますね。社長については、一般的にあんな感じじゃないですか? 思いつきなのか、狙い澄ましているのか、社員からみるとわからない人が多いなと。

——小説の発想はどこから?

神話的な時間軸で小説を書くのが好きなんですが、それとは別に、作品を重ねるごとに、塔のモチーフが強くなってきたので、神話的な代表例としてバベルの塔を書いてみようかと。ニムロッドはバベルの塔を建てようとした王の名前ですが、もうひとつの流れとして、ピープルインザボックスというロックバンドの『ニムロッド』という曲が頭の片隅にありました。

——作中作のラストが衝撃的です。

今まで書いた作品のエッセンスを抽出して作中作を作っていますが、実は最後の段階で、全部書き直しました。そのときに「駄目な飛行機」と「塔」を入れ子にするアイデアが浮かんだんです。

セリフの多用は安易であるという一般論への挑戦

——推敲はしますか?

最終的に読み返すことはしますが、読み返しながら書くのは苦手。こんなくだらないことを書いているのかとか、こんな描写大丈夫なのかと気になって、書く勢いが削がれるんです。勢いは僕にとって重要で、筆が止まるのが一番怖いので。あとで直せばいいかなと、とりあえず前に進みます。

——男女の会話がリアルで、特に男性のやさしさが印象的です。

僕自身の行動パターンに近いですね。やさしいというか、言われたことをやるという感じ(笑)。

セリフを書くのはすごく好きなんです。地の文は論が通っていないと成り立ちませんが、セリフは成立する。むちゃくちゃなことを言っても、カギ括弧を閉じてから「こいつ、むちゃくちゃなことを言ってるな」と一文入れればよかったりするので、実はセリフのほうが自由度が高い。

いわゆる純文学では、セリフでストーリーや考え方を説明するのは下策とされていますが、いかにセリフを作品に溶け込ませて面白く読んでもらえるかということに挑戦しています。ビジネスでもそうですが、皆が無理だと思っていることを超えれば独占できる、存在感を示すことができるので。

——小説家を目指す人にアドバイスをお願いします。

一番大切なのはペースを作ることで、公募もひとつのペース配分になりますね。あと、作家には「肩書きとしての作家」と「状態としての作家」があると思うので、デビューしようがしまいが、自分が書きたいものを、クオリティーを少しずつ高めながら作品として重ねていけば、必ずしも「肩書きとしての作家」にこだわる必要はないんじゃないかなと。受賞の有無にかかわらず、賞に向けて書くのは楽しいはずなので。僕は「状態としての作家」を目指すことを心がけてきました。デビューしていなかった時期も、自分は作家だよと思ってやってきましたね。

芥川賞作家に聞く 文学と小説と天才と

——新潮新人賞が合っていると思った理由は?

単純に枚数が250枚以内というところですね。まず第一にはそこ。それとSF的なものを割と受け入れてくれる土壌があったことですね。

——法学部出身でよかったと思うことは?

うーん、どうでしょうね。知り合いに一般企業の人とか、弁護士とかが多いことかな。文学以外の面を持てるということですかね。

——天才とはどのような存在だと思いますか。

変わらない人。最初から最後まで変わらない。そのまま現れ、ずっといる。文脈を無視して現れ、無視してい続ける。そんな気がしますね。


上田岳弘
1979年兵庫県生まれ。早稲田大学法学部卒。2013年「太陽」で新潮新人賞受賞。2015年『私の恋人』で三島由紀夫賞受賞。2019年『ニムロッド』で芥川賞受賞。

※本記事は2019年4月号に掲載した記事を再掲載したものです。