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第14回「小説でもどうぞ」佳作 デジタルリザレクション/柴田歩兵

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第14回結果発表
課 題

忘却

※応募数217編
「デジタルリザレクション」柴田歩兵
 ソファに深く身を沈めて暫し目を閉じたあと、男は意を決しVRグラスを装着した。目の前に仮想現実のユーザーインターフェイスが映し出され、僅かに震える指先で「コネクト」と表示されたボタンに触れた。
 読み込み時間を表す赤いバーが数秒程で百%になり、目の前に生前の母が現れる。男は一瞬言葉を失い、その姿を見つめた。仮想現実が作り出した母は病気を患う前の、男がまだ二十代の頃の姿だった。
「久しぶりだね、子供たちは元気?」
 母が照れた時に見せる、首を少し傾げる姿まで再現されている。「騙されるな」と男は自分に言い聞かせて、思わず眼が潤みそうになるのを堪えた。
「あぁ。まぁ元気だよ。」
 胸のうちに湧き上がる様々な感情とは裏腹に、不愛想に返す。それこそが男が生前の母に対して取っていた態度そのものとも言えた。
「仕事の方は順調なの? あんたはお兄ちゃんと違って昔から頼りないから……」
「ちゃんとやってるよ、俺もう四十だぞ」
「あんたが四十って、それがお母さん一番信じられないよ」
 AIに説教されてりゃ世話はない。男は内心舌打ちをした。
 近年、仮想現実の普及が一気に進み、「デジタルリザレクション」と言われるサービスが生まれた。月額三千円を払えば、いつでもAIが作り出した死者に会えるという。
 ある日、妻にその話を持ちかけられた時、男は最初笑って取り合わなかった。
「俺がそんなにマザコンに見えるか」と苦笑した夫に、妻は「でも、あなたはあの日以来何かを置いて来てしまったように見える」と笑わずに返した。俺が? 何かを置いて来た? なんとなく妻の言葉が引っかかり、男は密かにその日からサイトを調べ始めた。生前の写真数枚と、印象的なエピソードなどを入力するだけで、あとはAIが自動的に死者を生成してくれる。到底信じられなかった。
 化けの皮を剥いでやろう。酔って帰宅した時に出来心で登録した。初回は三ヶ月無料。くだらない子供騙しならすぐにやめてやると思っていた。
「問題を出していいか?」
 男は挑発的な目線をAIに向けた。
「俺が好きだった母さんの料理はなんでしょう」
「確かあんたはカレーが好きだったねぇ」
 淀みなく答えたAIに「残念。正解は酢豚」と男は意地悪く笑った。
「酢豚? 母さんわからなかったよ。だっていつも何も言わないでムスっとして食べてたじゃない。美味しいなんて言ったことないよ」
 確かに。思春期の俺ならそんな態度もとったかもしれない。鮮やかなAIの回答だったが、それも男には気に食わない。
「じゃあ、昔よく行った海水浴場、覚えてる?」
「うーん、覚えてないねぇ、江ノ島じゃなかったっけ」
「答えは長者ヶ崎でした」
「あぁ長者ヶ崎ね、すっかり忘れてたよ。あそこは岩場も砂浜もあって楽しかったね」
「いかにも今検索したっていう返しだな」
 AIはそれには何も答えず、困ったように俯いた。その裏では高速で最適解を演算しているかと思うと。筋違いな怒りの感情が湧き上がるのを抑えきれなかった。
「じゃあ、死ぬ時どんな気持ちだった?」
「わからないよ、お母さんAIなんだから」
 開き直った、としか思えぬ言動に「いきなりネタばれしてんじゃねぇぞ、この野郎!」と思わす声を荒げた。昂る感情にまかせて心の奥底に眠らせていた男の本音が思わず滲み出る。
「俺はお袋を捨てたんだよ、介護に嫌気がさして最後は施設に丸投げしたんだ。本当のお袋なら、会った瞬間俺に恨みつらみをぶちまけるはずだ、お前のその態度こそが偽物だっていう一番の証拠だよ」
 AIは、咽び泣く男の姿をじっと見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「忘れなさい。忘れるの。あんたにできることなんてそれくらいしかないんだから。美しい思い出だけを残していればいいの。あんたは頑張った。お母さんそれは知ってるよ」
「AIのくせに利いた風な口をきくな……そんなことお袋は……」
「お袋は……」
 ――言うかもしれない。と男は思った。

「どうだった? お母さんに会って」
 ある休日の朝、妻から突如問いかけられた
「あぁ、あれ? もう退会した。駄目だよ、子供騙し」
「そう」妻は大して残念でも無さそうに返したあと、「でも、あなたは忘れ物が見つかったような顔をしてるけど」と笑った。
 俺はそんな顔しているだろうか? 男は思わずベランダの窓に映った自分の顔を眺めた。
(了)