第13回「小説でもどうぞ」佳作 実はね、/獏太郎
第13回結果発表
課 題
あの日
※応募数219編
「実はね、」獏太郎
小学二年生の彼の住む街の中心広場に、大きなモノが置かれるようになった。彼は、ゆっくりと近づいた。何かの数字が動いている。左側には、今日この国で新しく生まれた〈いのち〉の数が。右側には、今日この星で絶滅した〈いのち〉の数が表示されている。左側の数字は変わるのが遅いが、右側の数字は勢いよく変わってゆく。
――ふぅ~ん。
彼には、その数字の変化のスピードにどんな意味があるのか、よくわからなかった。
大きなモノに興味を示すことなく、沢山の通行人たちが通り過ぎて行く。
去年の夏は、恒例のキャンプに出掛けていた。なのに、今年は世界中でウイルスが流行っていて、中止となった。つまらないので、自宅の庭にテントを張って、ひとりでキャンプ気分を味わっている。
――やっぱ、つまらんな。
テントから外を眺めても、いつも見ている景色なので、気分が今一つ盛り上がらない。
――なんやろ?
目の前を、何かが通り過ぎた。虫だ。でも、なんか変や。何かを抱えている。その後も何かが飛ぶ姿を見た。今度は、違う虫が何かを抱えて飛んでいる。地面に顔を近づけて気づいた。様々な虫たちが、列をなして歩いている。必ず何かを持っていたり、くわえていたり、背中に乗せているのだ。
「なんでやろ?」
彼は思わず呟いた。すると列から一匹の虫が離れて、彼の方へやって来た。
「そんなに珍しいか」
「うわっ、しゃべりよった! なにしてんの」
やって来たのは、ダンゴムシだ。
「これから移住や」
「移住って、引っ越しってこと?」
「そや、この星を離れるんや」
「なんで?」
ダンゴムシは、彼に理由を話してくれた。人間は自分たちの快適さを求めて、自然を破壊してきた。虫たちや植物、動物たちは、会議を開いて何度も話し合って来た。そしてついに、ひとつの結論に至った。
「みんなでこの星を離れて、新しい場所で〈いのち〉をつなげようって決めたんや。今日は虫と植物の移住の日、なんや」
飛ぶことの出来る虫たちが、それぞれに植物の種や、飛べない生き物を抱えて、夜の闇に紛れて新しい星へ向かって飛び立つのだという。新しい星に移住したところで、幸せに暮らせる保証はない。それでも〈いのち〉をつなぐために、彼らは決断したのだという。
「人間は〈絶滅〉なんて言葉を使っているが、本当はこの星から去っていなくなっただけなんやで」
「ダンゴムシさんも、行くん?」
「カブトムシに抱えてもらう。そろそろ戻るわな」
そう言って、ダンゴムシは列へと戻っていった。カブトムシがダンゴムシをそっと抱えた。勢いよく羽を広げて、ふわりと飛び上がった。よく見ると、沢山の虫たちが列をなして飛んでいる。
「さようなら~。気をつけてね~」
彼は大きな声で叫びながら、ありったけの力で手を振った。家の中からお母さんが出て来た。
「あんた、誰に話しかけてんの!」
「実はね、」
彼は振っていた手をゆっくり下げた。
「……なんでもない」
「もうその辺にして、はよ寝ぇ~やっ!」
「うん」
彼は言葉を飲み込んだ。きっと、信じてくれないだろうから。
小学二年生の彼の住む街の中心広場に、大きなモノが置かれるようになった。彼は、引き寄せられるように近づいた。数字が動いている。左側には、今日この国で新しく生まれた〈いのち〉の数が。右側には、今日この星で絶滅した〈いのち〉の数が表示されている。左側の数字は変わるのが遅いが、右側の数字は勢いよく変わってゆく。
――もう、無事についたかな。
あの日見た光景は、彼にとって忘れられないものとなった。あれから彼は、いろいろと考えてみた。夏休みの宿題をしながら、図書館でいろんな本を読んだ。この星で生きているのは、自分たちだけではない。虫も動物も植物も、みな等しい重さのある〈いのち〉なのだ。いつかまたキャンプに行ったら、自然を見る目が変わるかも知れない。今年の夏は、いつもと違ったそれになった。
大きなモノに興味を示すことなく、沢山の通行人が、通り過ぎて行く。
(了)
――ふぅ~ん。
彼には、その数字の変化のスピードにどんな意味があるのか、よくわからなかった。
大きなモノに興味を示すことなく、沢山の通行人たちが通り過ぎて行く。
去年の夏は、恒例のキャンプに出掛けていた。なのに、今年は世界中でウイルスが流行っていて、中止となった。つまらないので、自宅の庭にテントを張って、ひとりでキャンプ気分を味わっている。
――やっぱ、つまらんな。
テントから外を眺めても、いつも見ている景色なので、気分が今一つ盛り上がらない。
――なんやろ?
目の前を、何かが通り過ぎた。虫だ。でも、なんか変や。何かを抱えている。その後も何かが飛ぶ姿を見た。今度は、違う虫が何かを抱えて飛んでいる。地面に顔を近づけて気づいた。様々な虫たちが、列をなして歩いている。必ず何かを持っていたり、くわえていたり、背中に乗せているのだ。
「なんでやろ?」
彼は思わず呟いた。すると列から一匹の虫が離れて、彼の方へやって来た。
「そんなに珍しいか」
「うわっ、しゃべりよった! なにしてんの」
やって来たのは、ダンゴムシだ。
「これから移住や」
「移住って、引っ越しってこと?」
「そや、この星を離れるんや」
「なんで?」
ダンゴムシは、彼に理由を話してくれた。人間は自分たちの快適さを求めて、自然を破壊してきた。虫たちや植物、動物たちは、会議を開いて何度も話し合って来た。そしてついに、ひとつの結論に至った。
「みんなでこの星を離れて、新しい場所で〈いのち〉をつなげようって決めたんや。今日は虫と植物の移住の日、なんや」
飛ぶことの出来る虫たちが、それぞれに植物の種や、飛べない生き物を抱えて、夜の闇に紛れて新しい星へ向かって飛び立つのだという。新しい星に移住したところで、幸せに暮らせる保証はない。それでも〈いのち〉をつなぐために、彼らは決断したのだという。
「人間は〈絶滅〉なんて言葉を使っているが、本当はこの星から去っていなくなっただけなんやで」
「ダンゴムシさんも、行くん?」
「カブトムシに抱えてもらう。そろそろ戻るわな」
そう言って、ダンゴムシは列へと戻っていった。カブトムシがダンゴムシをそっと抱えた。勢いよく羽を広げて、ふわりと飛び上がった。よく見ると、沢山の虫たちが列をなして飛んでいる。
「さようなら~。気をつけてね~」
彼は大きな声で叫びながら、ありったけの力で手を振った。家の中からお母さんが出て来た。
「あんた、誰に話しかけてんの!」
「実はね、」
彼は振っていた手をゆっくり下げた。
「……なんでもない」
「もうその辺にして、はよ寝ぇ~やっ!」
「うん」
彼は言葉を飲み込んだ。きっと、信じてくれないだろうから。
小学二年生の彼の住む街の中心広場に、大きなモノが置かれるようになった。彼は、引き寄せられるように近づいた。数字が動いている。左側には、今日この国で新しく生まれた〈いのち〉の数が。右側には、今日この星で絶滅した〈いのち〉の数が表示されている。左側の数字は変わるのが遅いが、右側の数字は勢いよく変わってゆく。
――もう、無事についたかな。
あの日見た光景は、彼にとって忘れられないものとなった。あれから彼は、いろいろと考えてみた。夏休みの宿題をしながら、図書館でいろんな本を読んだ。この星で生きているのは、自分たちだけではない。虫も動物も植物も、みな等しい重さのある〈いのち〉なのだ。いつかまたキャンプに行ったら、自然を見る目が変わるかも知れない。今年の夏は、いつもと違ったそれになった。
大きなモノに興味を示すことなく、沢山の通行人が、通り過ぎて行く。
(了)