公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第12回「小説でもどうぞ」選外佳作 熱き戦い/Y助

タグ
作文・エッセイ
投稿する
小説でもどうぞ
第12回結果発表
課 題

休暇

※応募数242編
選外佳作
「熱き戦い」
Y助
『業績が悪い。悪すぎる。このままでは、倒産も免れない。まさに全社員、身を粉にして働くべき、緊急事態である。したがって当分の間、夏季及び冬季の長期休暇を廃止し、業績回復を最優先することと決定した。しかし、それではあまりにも……、との意見を無視することもできない。そこで、次の冬季休暇には三人の人数枠を設け、選ばれた者にのみ、冬休みを与えることとする』
 朝礼の場で、うやうやしく社長からの告示を読み上げる部長。その顔は無表情で、どこか能面のようにも見えた。しかし、発表された衝撃的なその内容には、誰もが戸惑いを隠せなかった。
 さらに、告げられた休暇取得対象人数にも、不満が集中した。なにしろ、次の正月に冬休みがもらえるのは、たったの三人。それは、あまりにも少ない、絶望的な数だった。
『尚、係長以上の役職者は、休暇取得対象外とする』とのこと。つまり、主任以下三十六人の平社員に限り、その権利が認められるということだ。仮に全員が長期休暇を望んだ場合、競争倍率はなんと、十二倍にもなる。
 では、いったい誰がそれをもらえるのか。それは、役職者たちの会議で決定する。つまり、長期休暇を奪われた係長以上の者に、その選抜権が与えられたのだ。

 戦いは、翌日からはじまった。
 誰もが上司の視線を意識して、いつも以上に、仕事に励む素振りを見せた。目的はただ一つ。熱心な勤務態度で評価を上げ、三人分しかない、冬休みの座をもぎ取るためだ。
 暑くもないのに汗をかき、急ぐ必要もないのに、廊下を走り……。会社の思惑どおり、社内は今までにない活気で、あふれかえるようになっていった。これなら業績の早期回復も、夢ではないだろう。
 入社二年目。営業部の中では最年少の私。まだまだ一人前とは言えないが、それでも休みは欲しい。なんとかして冬休みにありつきたいという思いは、誰にも負けない。
 そこで私は、外回りを強化することにした。用もないのに取引先を尋ね歩き、熱心な仕事ぶりをアピールした。あわよくば、新規契約の一つも取れれば……。そんな思いで、飛び込み営業にも精を出した。

 営業部の主任ミギタ先輩が、自腹を切って役員たちを接待している。経理部のカオリさんは、上司が提出する領収書を、ノーチェックで経費として落とし始めた。等々……。怪しい噂が社内で流れ始めたのは、数週間が過ぎたころからだった。
 卑怯じゃないか。そんなことが許されるのかと、非難の声も上がった。しかし、多くの者は『そんな手もあったのか』と、早々にそれを追従していった。
 私もまた、作戦変更を余儀なくされた。綺麗ごとだけで勝てるほど、甘いものではない。
 考えたあげく、私はプレゼント攻撃にでることにした。標的は役職者の家族。隠居生活の両親や、同居の子供たちだ。まずは外堀から攻め落とそう、という作戦をたてた。
 課長に部長、常務に専務に社長。さらに会長まで。私はその家族構成と、趣味趣向などを、徹底的に調べ上げた。そして、用意したプレゼントを、人目を忍び手渡した。
「これ、優秀なお坊ちゃまへ……」
 などと、愛想笑いを浮かべながら。
 百貨店。洋菓子店。輸入ワインに、ブランドバッグ。目当ての品を探し歩き、一日を費やす。勝たなくては。何としても、冬休みを勝ち取らなくては……。

 係長の席には、常にプレゼントが一つ二つ置かれるようになった。課長のデスクには、それが小高い山を作っていた。
 部長は、一流料亭で連日の接待を受け、常務と専務には、高級車が送られた。そしてついに、社長の愛人になる社員が現れると、その逢引きの場にと、マンションがプレゼントされたりもした。もはや、仕事などしている者は、一人もいなくなっていた。
 プレゼント合戦は激しさを増し、接待は加熱の一途をたどった。役職に就く者たちは浮かれ、この世の春を謳歌した。平の者たちは、その厳しい戦いに、疲弊の度を増していった。
 しかし、休暇取得のため、手を緩めるわけにはいかない。全ては彼ら……、役職者たちの胸先三寸で決まるのだから。
 そしてついに会議が開かれ、社長からの告示が配布された。

 会社の倒産が決まった。
 望まぬ長期休暇が、手に入った。
(了)